2018年6月17日日曜日

マイモニデス物語を読む。

http://antiquecannabisbook.com/chap2B/Arab/Moses-Maimonides.htm
妻が帰国中に息子に勧めらた本を読んで、いたく感動していた。これは、絶対私も読むべきである、という。12世紀、中世の第1回十字軍の頃のユダヤのラビの話で、史実をもとに物語として書かれているという。いつぞやに読んだ「日本人におくる聖書物語」に近いとのこと。「昼も夜も彷徨え-マイモニデス物語」(中公文庫/2018年1月発行)という中村小夜氏という女性の著作である。表紙カバーが、極めて気に入らなかったので、表紙を外して読み始めたのだが、これがハマる。著者の筆力には舌を巻く。主人公の実際の人生が波乱に満ちているとはいえ、全体の構成も、登場人物の設定、物語としてのアレンジといい、素晴らしい。ユダヤ教やイスラム教を多少なりともかじっている我が夫婦にとっては、なんなく読めたが、全く知識がない方には若干厳しいかもしれない。それでも好書であると断言して良い。私がこのブログで毎年選ぶ”今年この1冊”の大本命である。

本年1月発行の文庫だし、ストーリーについて書くことは本意ではない。ただ、いくつかの事項について書いておこうと思う。

…中世のイスラム社会では、アラブ人、クルド人、トルコ人などの人種、さらにスンニー派、シーア派などの差異が、ありながらも共存していたこと、ユダヤ人に対する迫害も地域で差異はあったものの、キリスト教社会よりははるかにマシであったことがよくわかる。ただ、ユダヤ人にとって生きやすい場所はかなり限られおり、主人公も家族も翻弄されていく。ユダヤ人として生きることの難しさが、かなり伝わってくる。

…世界史の中で、イスラム王朝の変遷はかなりややこしい。私も王朝名は記憶しているが、なかなか結びつかない。物語後半では、エジプトのファーティマ朝(シーア派)からアイユーブ朝(スンニー派)への転換期が描かれていて、興味深かった。

…中盤では、地中海の港町・アッコーが舞台となる。イスラエルに旅したとき、強く印象に残った街である。また、読後に主人公のことを調べ直していたら、彼はガリラヤ湖畔のティベリアに埋葬されているとあった。ここも足を踏み入れた地である。当然、イスラエルに行った時は、主人公(ラテン語のマイモニデスより、ユダヤ名のモーセ・ベン・マイモンの方がふさわしい)の事など知らなかった。もし、知っていたら、さらに感慨深かっただろうと思う。

…この著作も、乾燥したカイロの気候が幸いし、現存しているゲニザ文書(フスタートのシナゴーグから発見されたユダヤ人の諸書類)の恩恵に浴していることが記述されていた。こういう中世のユダヤやイスラムの歴史的な知の集積には、改めて驚きを隠せない。

…マイモニデスの思想についても、大きな衝撃を受けた。ブログの書評で論じるような次元ではないと思う。スコラ哲学の創始にも大きな影響を与えたくらいの次元である。とてもとても…。

…最後に、やはり気になるのは、この文庫の装丁である。著者の嗜好によるものらしいが、私にはアンバランスに映る。内容が高度で、素晴らしい作品だけに非常に残念である。

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