http://antiquecannabisbook.com/chap2B/Arab/Moses-Maimonides.htm |
本年1月発行の文庫だし、ストーリーについて書くことは本意ではない。ただ、いくつかの事項について書いておこうと思う。
…中世のイスラム社会では、アラブ人、クルド人、トルコ人などの人種、さらにスンニー派、シーア派などの差異が、ありながらも共存していたこと、ユダヤ人に対する迫害も地域で差異はあったものの、キリスト教社会よりははるかにマシであったことがよくわかる。ただ、ユダヤ人にとって生きやすい場所はかなり限られおり、主人公も家族も翻弄されていく。ユダヤ人として生きることの難しさが、かなり伝わってくる。
…世界史の中で、イスラム王朝の変遷はかなりややこしい。私も王朝名は記憶しているが、なかなか結びつかない。物語後半では、エジプトのファーティマ朝(シーア派)からアイユーブ朝(スンニー派)への転換期が描かれていて、興味深かった。
…中盤では、地中海の港町・アッコーが舞台となる。イスラエルに旅したとき、強く印象に残った街である。また、読後に主人公のことを調べ直していたら、彼はガリラヤ湖畔のティベリアに埋葬されているとあった。ここも足を踏み入れた地である。当然、イスラエルに行った時は、主人公(ラテン語のマイモニデスより、ユダヤ名のモーセ・ベン・マイモンの方がふさわしい)の事など知らなかった。もし、知っていたら、さらに感慨深かっただろうと思う。
…この著作も、乾燥したカイロの気候が幸いし、現存しているゲニザ文書(フスタートのシナゴーグから発見されたユダヤ人の諸書類)の恩恵に浴していることが記述されていた。こういう中世のユダヤやイスラムの歴史的な知の集積には、改めて驚きを隠せない。
…マイモニデスの思想についても、大きな衝撃を受けた。ブログの書評で論じるような次元ではないと思う。スコラ哲学の創始にも大きな影響を与えたくらいの次元である。とてもとても…。
…最後に、やはり気になるのは、この文庫の装丁である。著者の嗜好によるものらしいが、私にはアンバランスに映る。内容が高度で、素晴らしい作品だけに非常に残念である。
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