2011年3月10日木曜日

佐藤優の「大川周明」を読む

時々コメントをいただく非常勤講師さんのブログに、佐藤優の『日米開戦の真実』という小学館文庫のことが紹介されていた。さっそく買ったのだが、体調不良もあって、通勤時に爆睡することが多くなり少々時間がかかったが、やっとこさ読破した。非常勤講師さんのブログ:http://d.hatena.ne.jp/simplist-life/

佐藤優は「大川周明」をどうみているのか、ものすごく興味があった。「大川周明」といえば、東京裁判のA級戦犯の一人であり、法廷で東条英機の禿頭を後ろからパシッとしばいたことで有名である。ドキュメンタリー映画で私も見たことがある。精神病あつかいされ、法廷を離れて入院。その後コーランを全巻和訳したという変な人というのが、浅学な私の知識である。ところが、この大川という 人、凄い人だったのだ。副題に『大川周明著米英東亜侵略史を読み解く』にあるように、太平洋戦争開戦直後、大川周明はNHKラジオで、連続講演を行った。米英となぜ開戦にいたったかを国民に納得させるためのものである。それが本としてまとめられたのが、米英東亜侵略史である。佐藤優は、これをアメリカ編、イギリス編と分けて全文をテキストとし、それにコメントする形でまとめている。

書評を書くには、長くなりすぎるし、これから読もうと思われる人もあるだろうから私の気になった部分を特にセレクトしておこうと思う。

まず佐藤優の立場である。「日本国民は当時の指導者に騙されて戦争に突入したのでもなければ、日本人が集団ヒステリーに陥って世界制覇という夢想に取り憑かれたのでもない。日本は当時の国際社会のルールを守って行動しながら、じりじりと破滅に向かって追い込まれていったというのが実態ではないかと筆者は考える。」
…なるほどオレンジ作戦のことかと私は思って読み始めた。オレンジ作戦とは、アメリカの対日戦略である。F・ルーズベルト大統領が、真珠湾攻撃の前にロブスターの取り方について語っており、事前にそれを想定し、腹心に示唆したと言われている。大川周明は、テキストのアメリカ編で、このペリー以来のアメリカ外交について、驚くほど冷静かつ合理的に分析している。ここでのキーワードは、日露戦争以後のアメリカの変化である。これは、中国進出という目的をもったアメリカ帝国主義が露骨に日本とぶつかってきたからである。大川周明はその歴史的経過を詳細にたどっている。まさにその後は、あらゆる方策を講じて日本とぶつかるように仕向けている。大川周明の分析力は凄いといわざるを得ない。

私が最も気になったのは、佐藤優のインテリジェンス専門家としての解読である。「大本営発表は=大嘘は本当か」「日本人の教育水準の高さを考慮した上で、戦後の洗脳工作を展開」「国民が政府・軍閥に騙されて勝つ見込みのない戦争に追いやられたというのは、戦後になってからの作られた神話である。」などの文字に、驚きをかくせない。
『…敵国を占領してハタと当惑するには、昨日まで仇同士だった敵国人民と仲よしにならねばならないことである。…こんな時に用いられるのは、誰かを悪者にデッチあげることである。…敗戦後軍人たちは軍閥といわれて面食らった。日本に軍閥があったのは山縣元帥の全盛期の昔のことである。』と、大橋武夫の「謀略ー現代に生きる明石工作とゾルゲ事件」から佐藤優は、そのアメリカの諜報戦の戦略を引用する。さらにその実証を積み重ねていく。我々の「陸軍=悪=東條・親玉という常識」がくつがえされていく。先日から4回放送されたのNHKの『日本はなぜ戦争へと向かったのか』シリーズは、はからずもこれを裏付けている。米英に翻弄された外交、陸軍暴走のメカニズム、熱狂を作ったマスコミ、そしてリーダーたちの迷走。この本を読みながら見ると絶対面白い。

というわけで、東京裁判は完全な政治ショーであると共に宣伝活動であったといえるわけだ。大川周明はこの東京裁判を連合国の日本に対する復讐であり、日本人が二度と米英に歯向かわないようにする「教育」の場であることを正確に認識していたようだ。大川周明がA級戦犯となったのは、ニュルンベルグ裁判でナチズムの理論家ローゼンベルグ博士が起訴され絞首刑になったのを踏まえ、日本でも誰かいないかということで引っ張り出されたと佐藤優は推測している。このテキストも英訳されており、かなり危険視されていたらしい。で、大川は発狂する。半年後、米軍医は正常にもどったと判断したが不起訴になった。おそらく、この裁判の本質を見抜き、反論する能力が十分にあった故にキーナンあたりが忌避したのであろう。

最後に、意外な事実を知った。A級戦犯が最も悪質で、B級C級と続くような「常識」についてである。A級は「平和に対する罪」である。これはかなり奇妙な罪で、日ソ中立条約を破ったソ連はどうなるのかという議論が生じる。インドのパル判事は正しい。B級は戦争において戦闘員以外の民間人殺傷や捕虜の虐待の罪である。(私はここまでは知っていた。)そして、C級。これは人種的な理由による迫害行為への罪である。最も非道である。ユダヤ人やロマに対するナチの要人にはこの罪が大きな問題とされたのだった。(私はてっきりニュルンベルグ裁判も東京裁判と同様に、ボルマンやゲーリングはA級戦犯として起訴されたのだと思っていた。若干このABCという規定とは違うが…)

とても、イギリス編まではいかなかった。また続編を書こうと思う。

5 件のコメント:

  1. ブログのご紹介ありがとうございました。私は浮気をしつつの読書で、まだ半分ぐらいですが、歴史というよりも、今この時代がどちらを向いているのか、気になってしょうがなくなりました。
    おそらく当時の知性・民衆が正しいと選んだ方向が生んだ結果なのだと思う時、歴史を教えることの重さを感じてしまいました。ちょうど第二次世界大戦の講義が今日終わりました。来週時間を割いて、少しこの本の話をしてみようと思っています。

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  2. 非常勤講師さん、コメントありがとうございます。今、日本はどこを向いているんでしょうねえ。最近腹立たしいことが多いですが、新自由主義という普遍に対して、日本がその国民性からくる国家としての柱のようなものを再構築できるのでしょうか。後半はこのような論議が起こります。どっちつかずの私は、うーんとまた唸るのでした。

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  3. 私の記憶が正しければ、C級戦犯は人「道」に対する犯罪だったような気がするけど、違かったかな?(国籍・人種等グループの基準がないほう。)

    ところで、私が政治・歴史を中・高校時代に嫌いで勉強しなかったせいかもしれませんが、軍隊が勝手に暴走し、起こった戦争かと思っていました。すごい面白そうだし、是非多くの人に読んでもらいたい本ですね!私も、日本に帰ったら、読んでみたいと思います♪
    「政治ショー」。その時代から今まで変わらず…。悲しいけど、その存在を忘れずに、世界の動きを見なければならないんだなーと、感じています。

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  4. 国難ともいえる東北関東大震災の中で、ブログ自粛させていただいていました。C級戦犯は、bambinaさんの言われるように「人道」に対する罪ともいえます。今、日本は大震災以来、NHK、民放ともずっと大震災についてのニュースを流しており、私と妻もひたすらTVに釘付けになっています。近く秋田に行く予定です。大阪ー秋田の航空便は今日から動き出しました。秋田商業高校は明日(14日)休校だそうです。まだ流動的ですが…。

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  5. はじめまして。中川八洋筑波大学名誉教授が、「大川周明=極左」論を展開しております。愛国的な日本人には大川周明信奉者が多いですが、それは間違いであるという指摘です。ご参考までにコメントさせていただきます。
    http://nakagawayatsuhiro.hatenablog.com/entry/2014/04/21/182559

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