暖かい一日だった。学校の前の公園の桜は満開、本校の桜は八分咲といったところである。今日は朝から、来年度の時間割作成作業をしていた。私は、本校で4校目だが、教務の仕事としてそれぞれ時間割作りに携わってきた。だいたい高校には、時間割作成用のボードがある。クラスの時間割を組む部分と、教師各人の時間割を組む部分に分かれていて、最も上が月曜の1時間目、最も下が金曜の6時間目というカタチである。それぞれ金属で田の字型に枠があって、そこにコマを入れていく。コマにはクラス用の教科名、教員各人にはクラス名と教科を記しておく。このコマ作りが第一段階である。(これがまた大変な作業である。)
この時間割づくり、学校によって少しずつ違う。最初の商業高校では、商業実践という3年生の教科は毎年時間割が決まっている。工業高校でも実習科目がまず入る。前任校では、英語のALTのかむ授業をまず入れた。そこに家庭科や芸術科、体育科などをまずいれていく。使用教室などが重なると困るといった条件があるからで、要するに、条件が厳しい科目から順に時間割を埋めていくのがセオリーである。(工業高校では、師楽というコンピュータソフトで、まず第一案をつくるのだが、結局手直しを何度もしたので同じことだ。)
本校では、なんといっても体育関係である。体育科や武道科の専門科目もあるし、全24クラスあるわけで、まず体育科で時間割を作ってもらうのだ。これに、様々な選択科目を入れていく。また非常勤講師の先生方の出勤曜日も鑑みながら、優先順位を決めて条件の厳しい順に埋めていくのである。
今日は、選択科目の多い3年生の時間割をS先生と二人で組んでいた。なかなか複雑である。1日でほぼ3年生の選択科目の時間割を組んだ。これが第二段階である。コマが埋まれば埋まるほど、調整が難しくなる。明日はその第三段階の調整に挑戦するわけだ。
さて、今日は年度末最終日である。本校のS事務長が、今日で退職される。S事務長はほんと温厚な方で、学校運営の「仁義」を深くわきまえた方であった。我々教育職が気持ちよく、また効率よく仕事ができるように、影になって支えていくという行政職の「仁義」である。このところ、財政的な問題からか、行政的な効率性が学校にも強く求められるようになった。智に働けば角が立ち、情に棹させば流される。意地を通せば窮屈な、まさにそんな中、落としどころを探りながら走り回っていただいた。私も大変お世話になった。そのS事務長の勇退の日なのである。今年も、野球部を中心にクラブの生徒が正門に集まり、校歌を歌い送り出したのだった。
先日、二人だけの会話の時「老いては妻に従うが大事。」と笑いあった。S事務長、お疲れ様でした。いつまでもお元気で。
2015年3月31日火曜日
2015年3月30日月曜日
現代アフリカ経済論 学習ノート1
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| 何度か名前の出る最貧国ブルンジの人々の画像 http://vpoint.jp/photonews/39575.html |
ちなみにこの本の構成を示しておく。なかなか興味深い構成になっている。
序章は「アフリカとはどのような大陸か」で、地理・自然、言語・民族・宗教、自然環境・人間社会といった基礎的な内容が書かれている。
第一部は「アフリカ経済と世界史」である。近代以前、植民地支配とその遺制、独立後の政治経済体制、アフリカ経済の現状ろその「質」ろなっている。
第二部は、「経済のグローバル化とアフリカ」で、産業と貿易、企業と直接投資、金融の役割、グローバル化とりジョーナル化。
第三部は、「社会の変容とアフリカ経済」となっていて、社会変動と人間の安全保障、アフリカのイスラーム経済、アフリカの民主化、開発援助の変遷、そして終章となっている。
今のところ、第二部の企業の役割のところまで読んでいるのだが、今日は極めてベーシックな印象の強い序章で発見した箇所をエントリーしようかと思う。
地理的な部分では、土壌の箇所がこれまでの私のアフリカ農業への理解を補完してくれた。
大地溝帯の火山の裾野には肥沃で降雨に恵まれた高地が広がっている。カメルーンの火山から流出した溶岩地層も比較的肥沃である。一方、赤道地帯の土が貧弱である。この理由は、激しい雨と高い温度のために肥沃度を保つのに必要な土壌の鉱物や腐葉土が破壊されてしまうからである。サバンナの土壌はそれに比べれば肥沃だが、交互に訪れる雨季と乾季は土壌をやせて固いラテライト状にしてしまい、また過耕作や過放牧のために土壌浸食が進んでいる。
言語に関して、ほとんどすべての国民が同じ第一言語を話す文化的に同質性の高い国として、はブルンジ、ルワンダ、レソト、スワジランド、ソマリアとモーリシャス以外の島国が挙げられるそうだ。ブルンジとルワンダは意外だった。ブルンジは、ルンディ語、ルワンダはルワンダ語である。
人口増加率に関して、特に急速な国は、ジブチ、コートジボワール、ケニア、ウガンダ、ニジェールなどであるが、ジブチ(50年で11倍)、コートジボワール(同じく5倍)は近隣諸国からの人口流入が大きく影響している。ケニア他3国は出生率と死亡率の急速な低下が強く作用していて、年平均3%の増加であるが、モーリシャス、セーシェル、カーボヴェルデ、レソトなどは1%台で南アジアより低い。
28のアフリカの国で都市人口が1960年と2010年の間に10倍以上に増加している。ボツワナでは75倍にもなっている。その他、モザンビーク、ルワンダでも30倍、アンゴラ、ガンビア、レソト、スワジランド、タンザニアでも20倍に増加している。最も都市人口比率が高いのはジブチ(88%)とガボン(86%)で18の国で都市居住者が人口の半数を超えている。一方。11%のブルンジや13%のウガンダなど14カ国の都市人口は3割にも満たないのだという。
…なかなか面白い資料だ。こうしてアフリカの国名を書き記しているだけでハッピーになる。(笑)
2015年3月29日日曜日
毎日 ケニアテロ容疑者追跡記事
現在ノルウェイの人口の1割強が移民で、ソマリ人は出身国別では4番目、2万6千人ほどである。テュフロー容疑者は、オスロの南、人口4万ほどのラルビクに住んでいた。ここには200人ほどのソマリ人移民が暮らしていた。彼は9歳の時に叔父叔母夫婦の元にきた。内戦から避難してきたらしい。白人の隣人からは控えめな良い子に映っていた。高校に入るまでは、礼拝もしない少年だったが、高校に入ってから校内でも祈るようになったという。
ちょうどこの頃ソマリアは大きく揺れていた。エチオピアの侵攻、それに対抗するアルシャバブ。彼がこの頃熱中していたのが、イスラム系のWEBサイトで、2500以上投稿している。”インターネットのビンラディン”と呼ばれるアラビア半島のアルカイダ幹部・アウラキ容疑者(イエメンで殺害された)の影響を強く受けた。08年以後、彼はアルシャバブへの強い共感を示す。09年高校を卒業後、ソマリアに向かい2年後ノルウェイに帰国した際はアルシャバブしか着ないような緑(注:イスラムの色である)の服を着ていたと友人が明かす。
家では6人の幼い子供がおり料理や掃除を行い、流暢なノルウェイ語を話し白人社会にも溶け込んでいるように見えながら、ソマリ人にもノルウェイ人にも友人がいなかったという人もいる。彼の高3になった時の集合写真には、一人イスラムとわかる服装で寂しげな表情をしていた。(画像参照)
服部記者は、この記事をこう結んでいる。孤独感に包まれる中、忍び寄ってきた過激思想が、彼の心の中邪悪な面を引き出してしまったのか。これからも過激思想がどこかで誰かの内なる「怪物」を引き出す可能性は誰も否定できない。
…服部記者の感想は私にもよく理解できる。そういう見方は一般的だろう。ただ、あくまで日本やノルウェイといった富める側にある先進国の人間の視点であると私は思ったのだ。
…彼の孤独は、常岡氏が先の本の中、イスラム国の義勇兵の箇所で指摘していたように、ヨーロッパ移民の「疎外」から来るものではなかったか。デュフロー容疑者は、純粋な青年だったのだと思う。彼は、(高校入学前は)医者になってソマリアに戻りたいとも言っていたという。しかし、イスラムの信仰に目覚めた後、目に映るノルウェイの豊かな生活と、故国ソマリアの圧倒的な差に、嫌悪感を抱いた(構造的暴力を強く認識した)のではないだろうか。同時に自分のアイデンティティを、どちらに置くか(ノルウェイ人として生きるか、ソマリ人として生きるか)というジレンマが強くあったのではないか。
…そのノルウェイとソマリアの圧倒的な差異を強く認識したとき、純粋であればあるほど、故国のために自分に何ができるかという思いが沸き起こるだろうし、それが復古主義(あえて過激思想とは呼びたくない。欧米からみた過激主義というコトバであると私は思う。)と接することで、ソマリ人として生きることを選び、そのあるべき姿を求めて、このような事件に参加することになったのだろう。「怪物ではない」という彼のコトバには、真の怪物が他にいることを暗示していると私は思うのだ。
2015年3月28日土曜日
サウジのイエメン空爆に思う
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| イエメンの首都 世界遺産の街サナア http://viralscape.com/most -dangerous-cities/sanaa-yemen/ |
イエメンはそもそも古くからのスンニ派とシーア派の人口比率が近い国だし、南北に分かれていたりして歴史もかなり複雑である。しかも、アラビア半島で最も貧しい。サウジにも多くの出稼ぎ労働者が来ているはずだ。イエメンの不安定化は、イランやシリアとの戦いを抱えているサウジにとって地政学的な問題であるとともに、国内の治安問題でもあると私は思う。
昨日の日経には、就任して間もないサルマーン国王が、アラブの国々を訪問し、このイエメン包囲網の根回しをしていたようだという記事もあった。サウジは、中田氏の本にもあったように、極めてシーア派を敵視している。イエメンのシーア派は、イランなどの十二イマーム派とは異なるザイド派であるようだが、シーア派はシーア派である。
当然、イランは批判を強めている。だんだん中東がスンニ派対シーア派の相互のジハード状態になってきたことを深く憂慮する次第。私自身は、アメリカや欧州を含めた異教徒(非ムスリム)があまり手出しをすべきではないと思っている。展開がややこしくなるだけだと思っている。とはいえ、イエメンは、紅海の出口に位置する。そうもいってられない事情もあるわけだ。
イエメンの首都のサナアは、世界遺産にも登録されている貴重な文化遺産の街である。一般の人々の無事とともに、その景観の無事をも祈りたい。
2015年3月27日金曜日
GWは今年も春一番に行く。
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| 昨年はこんな感じでした。http://plaza.rakuten.co.jp/gensenkan/diary/201503100000/ |
先日、「春一番」のHPを開けたら、ついに出演者が確定していた。3日は岩国への強行軍なので、一日あけて、5日か6日しか選択肢がない。
夫婦で、出演者の顔ぶれを見ながら考えた。5日は、豊田勇造が出る。おお、加川良もでるぞぉ。6日は、妻が大好き・金子マリ、おお、憂歌団の木村充輝、天使のダミ声である。なんとジャズの山下洋輔も出るではないか。そしてアチャコが出る。昨年、すごい衝撃を受けたアチャコである。親友のH氏に妻が電話した。「やっぱ、アチャコが最大の決め手やなあ。」ということで6日に行くことになった。昨日、さっそく妻がローソンに走って3人分のチケットをゲットしたのだった。
次の日は仕事だが、仕方がない。岩国の疲れを十分に癒してから、GW最終日、盛り上がるぞぉ。
2015年3月26日木曜日
シンガポールとカンボジアの違い
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| http://scene.sg/top10/top-10-thing s-you-didnt-know-about-lee-kuan-yew/ |
資源のない貿易中継地であったシンガポールの経済成長は、安価な労働力を利用した縫製工業から始まった。リー首相の打った経済政策は、まさに開発経済学のセオリーどおりである。しかし、やがて国民の低賃金への不満が高まる。だが、リー首相は賃金を押さえたまま、国富を先端産業への投資に振り向けた。今のシンガポールは、この時の経済政策の賜物だというのだ。
一方、カンボジアは、同様に安価な労働力・縫製工業で飛翔したのだが、国民の低賃金への不満に政府がすぐ答えた。だが、この政策は裏目に出る。後発の他国に仕事を奪われる羽目になるのだ。以来、カンボジアの経済成長は不調に陥ることになる。
シンガポールの経済政策が正しく、カンボジアの経済政策が間違っていたというわけではないだろうが、リー元首相の「時」を見る目、「先」を見る目が優れていた、と言えるのだろう。
開発経済学を少しばかりかじっている私だが、こういう事例を聞くと、まさに目からウロコである。
卒業生からのメールへの返事
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| http://chema2sa.blog.fc2.com/blog-entry-632.html |
ところで、時間割作成の準備を面談室でしていると、メールが入った。先日卒業したS君からである。「この四年間教師になるために読んでおくべき本ありますか?」という内容だ。うーん。ちょうど、理科の若手のI先生が新学年の情報を伝えに来ていてたので、相談してみた。「このメールに、どう答える?」少し考えたI先生は、「沢木…」とつぶやいた。「そうやな、沢木耕太郎、深夜特急。」「ですねよ~。」と見事に意見が一致したのだ。
教師になるなら、まず世界を見て欲しい。大学時代にどこでもいい、貧乏旅行に出るべきだ。深夜特急は、まさにそのバイブルである。たしかに内容は、最初はマカオで博打に熱中するし、今は全く行けないアフガンのカブールにも行く。もう時代が違うかも知れない。だが、これを読めば、気分はバックパッカー、猛烈に世界に出たくなるのだ。
多感な時代に世界を見ておくことは、このグローバルな時代に、最も必要なことだと思う。そのためのバイブル、深夜特急。メールの回答としては悪くないと思う。
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