久しぶりにこの曲を聞いてみると、やはり名曲だと思う。拓郎・5曲目のシングルで、作詞は岡本おさみ。落陽や旅の宿、祭りのあと、まにあうかもしれない、花嫁になる君に、ひらひら、有名どころでは襟裳岬、そして私が一番好きな竜飛崎も彼の作詞である。
岡本おさみが、おきざりにした悲しみとは何か。突き詰めて考える必要はないと思う。聞き、歌う人間にとって様々に捉えることが出来るわけで、それで良いと思うのだ。ふと考えた。私にとってのおきざりにした悲しみは、親不孝だったように思う。
私の父は、貧困の中、神戸の三菱職工学校に学んだ苦労人である。もし裕福であれば大学にも進めた人だったはずだ。というのも、工員をしながら、唯一学歴のしばりがなかった中小企業診断士の資格を得た。ただ、この人生の転機が、家庭を破壊することになった。最後は結核で亡くなったのだが、中小企業診断士となったことが良かったのかどうかわからない。父は、私に風呂屋で、戸をきっちり閉めること、外気の寒さを浴場に無神経に入れることを悪として教え込んだ。そういう人だったのだが…。
母は、とにかく私に無条件に愛を降り注いでくれた人だった。だが、義理の父母や父に振り回された人生だったように思う。もっともっと親孝行しておくべきだったと思うのだ。最後は脳腫瘍で倒れ、5年間の闘病生活を送り、私は臨終にも立ち会えなかった。思えば、母に対して大阪市の教員試験を突破して喜ばせれたくらいしか親孝行の思い出がない。私も岡本おさみの言う”罪人”である。
「おきざりにしたあの悲しみは、葬るところどこにもないさ。 ああ おき去りにしたあの生き様は夜の寝床においておくさ。」この最後の詩が、今になってしみるのである。



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