脱コード社会という予言は信じられなかった。ふと、先日電車の中で、ほとんどの乗客がスマホを触っている姿を見て、この予言が確かに実現していることを実感したのだ。各自が様々な方向に向かっている。ゲームをしているか、音楽を聞いているのか、SNSをしているのかわからない。だが、間違いなく各人が各人の方向性に動いている。リゾームだ。昔は、通勤電車では多くの人が新聞を広げていたものだ。それとなく読んでいる裏面も覗けたりしたものだが、そんなことはめっきり少なくなった。
生徒たちに、もし今クラス全員でカラオケにいったとして、全員が歌える歌ってあるだろうかと問いかけてみた。昔は、遠足などで歌集がつくられ、ほとんどの歌が全員で歌えた。そういうパラノな世界は、今や高校生にとってみては、部活の練習と、受験の世界だけなのかもしれない。
ところで、昨夜突然水前寺清子の歌が脳裏に浮かんだ。私が大阪市立六甲青少年の家などでキャンドルサービスをする際の導入歌で、「いつでも君は」という歌である。まさかとは思いつつYou Tubeで検索したらあった。なつかしい。チータ(水前寺清子のこと)が食堂車の店員をしていたドラマの主題歌で、独特の演歌っぽい歌い方。チータは人生応援ソング演歌歌手で、この「いつでも君は」もそのはしりのような歌である。あの頃、我々は普通に何の抵抗もなく歌っていた。
♪心と心の細道に あなたの小さな親切が ぽとんと落ちて
きらりと燃えるろうそくの火が燃えてひろがる
1本が10本に 10本が100本に
100本が1000本に増えていく
いつでもいつでもいつでも君は 夢見る夢見る夢見る星よ
♪涙はみんなで分け合って 小さくしようよ お互いに
この手で街を明るくしよう友情の手で花を植えよう
1本が10本に 10本が100本に
100本が1000本になるんだね
植えよう植えよう友情の花 咲かそう咲かそう友情の花
https://www.youtube.com/watch?v=m45LEN4cyk0&ab_channel=%E5%B0%8F%E6%9E%97%E5%81%A5マスクをしたスマホをいじる電車の人々の姿に、昭和30年代生まれの私は寒さを感じる。冷房が効きすぎているからではきっとないと思う。だが、もうこの歌を歌える時代ではない、と思えるのだ。
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