2013年1月13日日曜日

カルチェ・ラタンの品位と魅力

金・土と、TVでアニメ映画を見た。ジプリ作品の「コクリコ坂から」と、ワンピースの「ONE PIECE FILM STRONG WORLD」である。両方ともなかなか良かったのである。

特に、「コクリコ坂から」の「時代設定」に大きな共感を抱いたのだった。1964年の東京オリンピック前。私はちょうど小学校入学前である。(小学1年:東京オリンピック、中学1年:大阪万博で覚えやすい。)横浜の私立の伝統ある進学高校が舞台だった。この頃の高校生というのは、まだまだ旧制高校的な知的伝統や自治への想いを維持していたらしい。

映画では「カルチェ・ラタン」と呼ばれる文科系クラブの部室が集まった洋館が登場する。まず、カルチェ・ラタンという名前がいい。パリのソルボンヌ大学などが集まる学生街で、ラテン語(ラタン)を話す=教養がある=街という意味であるそうな。実際、映画でも、魅力にあふれた、歴史あるゴミだらけの洋館として描かれていた。私はこういう雰囲気は大好き。

学校側が、このカルチェ・ラタンを取り壊すことへの反対運動や生徒集会の様子も面白い。教養と品を感じる。結局主人公が掃除することを提案し、生徒の強硬策が功を奏し理事長の視察が行われる。私が一番感じ入ったのが、哲学同好会の生徒と理事長のやりとりである。

哲学同好会は狭く廊下に作られた小屋の如きものであった。理事長に「(部室として)狭くないか?」と尋ねられ、部長がこう答えるのだ。「(理事長)閣下は、ディオゲネスを御存じでしょうか。」そのコトバに、理事長は納得し、「素晴らしい生徒が集まっている。」と感銘するのだ。

映画では、全くその意味を解説していない。ここで哲学同好会の生徒や理事長に解説のセリフを入れていない。その「品位」に私は感銘した。常識として処理するところが、この映画の、この時代の、教養ある品位であり、魅力なのである。こういう映画が良い。

私のブログは、そういう映画のスキマを埋めてなんぼである。だから解説する。このディオゲネスは、ギリシア時代の哲学者で樽に住んでいた。何故かと聞かれると、私は世界市民だから、家などいらないのだとうそぶいたと言う。そういう変人だったが、彼がコスモポリタンというコトバを作ったのである。よって、映画では、「哲学をやるには(樽ほどの)狭い部屋で十分です。」と言ったことになる。理事長も当然その逸話を知っていて、感銘できたのだ。私たち高校の社会科教師の役割は、こういう教養を身につけさせる、あるいは身につける基礎的素養を身につけさせることにあると思っている。

前任校では、授業中に、よくこういう教養がないとわからないギャグを言っていた。ちょっと考えてから笑えるという時間差攻撃ギャグなのだ。「5秒ギャグ」と生徒には称されていた。(笑)

2013年1月12日土曜日

ESDのための仮想世界ゲーム3

昨日は、文Ⅱクラスの5組と4組で南北貿易ゲーム、そして文Ⅰクラスの1組で「ESDのための仮想世界ゲーム(高校生版)」の第1セクションをやったという、授業時間:4時間中3時間、まれにみるアクティビティな1日だった。南北貿易ゲームでも面白い話はあるのだが、とりあえず仮想世界ゲームの話を優先したい。

今回の「ESDのための仮想世界ゲーム(高校生版)」、高校生にもできるように、元の仮想世界ゲームのポリシー的な部分まで改編させていただいている。その1つが、参加単位の問題である。今回は個人で参加しない。あくまでグループ参加で、助け合うこととしたのだ。そのほうがワークショップとして、ESDという教育目標に合致するし、何より平易だと考えたのだ。また、学校で行う場合、個人的な様々な感情のもつれがなくなる。ストレスを抜いたわけだ。本来は社会心理学のためのゲームである仮想世界ゲームにとって、この改編は大きいと私は思う。

さて、「ESDのための仮想世界ゲーム(高校生版)」でも、仮想世界ゲームのルールの基軸である食糧チケットと労働チケットというシステムを使わせていただいている。第1セクションにして早々と、この個人参加からグループ参加という改編が、大きな矛盾点として私の前に立ちはだかったのである。それは、昨日の放課後、7カ国のセクションごとの報告書を点検し、実際の封筒の中身を確認している中で判明した。

食糧チケットは、ゲーム開始時には、先進国(アメリカ・日本・ドイツ)の農園主に7枚ずつ配布した。21枚が仮想世界に存在したわけだ。ゲーム参加者は日本以外の国は4人で、計29人。と、いうことは現状では8人分不足しているわけだ。先進国の農園主が農園を拡大する(40)、もしくは途上国が個人農園をつくる(60)必要があるわけだ。( )内の数値は必要な金額。

40分間の間に、結局アメリカが+3、日本が+2、ドイツが+1、タンザニアが+1、ウガンダが+1、ボツワナは+3、合計11人分農園が増えた。人口は29のままなので、個人参加なら、3枚食糧チケットがあまることになるわけだ。

ところが、食糧チケットの半券である労働チケットの販売状況を見てみると、30人分が使用されていた。うん?1人多い。あまった食糧チケットの半券を先進国の企業に販売したわけだ。この犯人はボツワナであった。ボツワナは、ドイツから3枚の食糧チケットを購入、3枚の労働チケットをアメリカに販売し、前払いで賃金を得て、残りの資金を合わせて個人農園を3購入。残る1人の食糧チケットと本来使えない食糧チケットを得たのだ。その後日本にこれを販売している。4人しか人口のいないボツワナは5人として労働市場に参加したことになる。

個人単位だと、このようなことは絶対に起こり得なかった。供給を越えた食糧チケットは、価格を下げるだけだった。うーん。マニュアルではこういう規制はかけていない。しかし、これを許すと、仮想世界ゲームの人口が無尽蔵に拡大していくことになる。人口が拡大することのほうが面白いのだが…。うーん。どうしようか。第1回目にして大きな矛盾が露呈してきたのだった。この三連休じっくり考えてみようと思う。

2013年1月11日金曜日

英国メシは何故まずいのか史

代表的英国料理 スコッチ・エッグ
朝日新聞の朝刊に『なぜを訪ねて』という連載コラムが載っていた。ロンドン支局の伊東記者のテーマは「英国メシ美味革命」である。要するに、英国のメシはまずいという評判であるが、最近変化してきたという話であった。私は英国に行ったことはないし、まして食事したことはない。だが、嫌と言うほど英国メシのまずさについては聞かされた。アメリカでも「たいがいやなあ。」という経験は何度もしたが、それをはるかに超えるらしい。

記事の方は美食化の現状報告なのだが、私が注目したのは「英国の食をめぐる出来事」という小年表である。

1066年 仏ノルマンディー公が英国を制服→仏料理を食べるように
1649年 クロムウェルの清教徒革命→ぜいたく禁止が食文化にも影響か?
18世紀後半~ 産業革命で都市人口が半数以上に→伝統的な農村生活が失われ、「食」も衰退
19世紀 全寮制学校のジェントルマン教育で、社会的訓練としての粗食が美化される
1940年~50年代 肉、小麦粉、卵などが配給に→「質より量」に
第二次大戦後 イタリア、ポーランドなど欧州諸国から移民。カリブ諸国からも→食が多様化
90年代後半 ジェイミー・オリバーさんの料理番組スタート

この年表から、英国メシのまずさの原点が清教徒・クロムウェルであることがわかる。人はパンのみに生きてはならない。だから粗食であるべきだ。しかも都市化が進み、スローフードの伝統もしぼみ、粗食の美学が確立したというわけか。こういう世界史的な異文化理解、実に面白いと思うのだ。ちなみに、画像の英国料理/スコッチエッグは、スコットランドの名物料理ではなく、ロンドンのデパートで考案されたものらしい。(笑)

2013年1月10日木曜日

ESDのための仮想世界ゲーム2

さて、いよいよ、ESDのための仮想世界ゲームのゲームマニュアルを配布し説明する日である。うまいことLL教室が開いていたので、パワーポイントで説明することにした。先日来校いただいた岡山のH先生へのレクチャー用に作成したものだが、せっかくなので生徒に使いたい。あたりまえの話である。

しかし、説明はそんなに多くの画面があるわけでもない。そのためにだけにLL教室を1時間借りるのももったいないので、ゲームの途上国も全部アフリカ諸国だし、アフリカ全体の学習も兼ねて私の『アフリカ・バァーチャルツアー』を見せることにした。アフリカの雰囲気を感じてもらうためである。ケニア・南ア・ジンバブエ・ブルキナファソと画像を元に説明していく。

さすが3年の文Ⅰである。熱心に見てくれた。ブルキナのラスタの壁画のところで、世界史の補習を受けているA君が、マルコムXとかをちゃんと知っていたのである。いやあ、嬉しかった。
右はしの小さめの絵がマルコムX
まあ、世界史(現代アメリカ史)でも、ちょっと出てくるが、やる。なかなかやる、のである。マルコムXは、前任校でも知ってる生徒はいなかったぞ。

明日からいよいよ本番。A君は先進国の企業主である。受験も近いのに、ゲームには熱心に取り組んでくれている。明日は冷静に知恵をしぼってくると思うのだ。楽しみである。

京大アフリカ研 公開講演会

帰宅したら、京大のアフリカ地域研究資料センターから、メール便がきていた。1月26日に、公開講演会を行うそうである。例の学術振興会 科学研究費補助金 基礎研究「アフリカの潜在能力活用した紛争解決と共生の実現に関する総合的地域研究」の一環であるらしい。

講演会タイトルは、「紛争解決のためにアフリカの潜在力を活用する。」
しかも凄いゲストだ。「アフリカで寝る」「アフリカで食べる」さらに「カラシニコフ」の松本仁一氏である。さらに『エチオピアにおける法の多元性と慣習的な裁判』と題してアジスアベバ大学のインディゾ・D・ゲブレ教授。

うわぁ、絶対に行きたい。15:00開会で18:00閉会は、公開講座より長帳場だが、絶対に行く。と、いうことで、奈良教育大学の方は午前中の参加ということになってしまいそうだ。うーん。仕方がない。松本仁一氏に来られては仕方がない。

2013年1月8日火曜日

続 「テルアビブから」を読む

アレクサンドリア(VA)
昨日のエントリー『朝日の「テルアビブから」を読む』の続編である。先日NHKで、普段はBSで放送している番組を地上波で流していた。在日の外国人たちが、日本人の意外な面について意見交換をする番組である。それがなかなか面白かったのだ。外国人たちは、日本人がどこでも寝ることに異を唱えていいた。

なるほど。ビデオを見ると電車の中では当然のこととして、たしかに公園などでも昼寝している日本人も多いようだ。外国人からすれば、信じられないという。南アフリカ人は、「電車で寝たりしたら、全て奪われるよ。」と発言。スタジオ内の笑いを呼んだ。南ア、特にジョハス(ヨハネスブルグ)なんかでは十分ありうると思う。日本人が公衆の面前で寝れるという背景には、日本の治安の良さがあるようだ。安心感がなければ寝たりできないという論議が続く。

昔、ワシントンDCから地下鉄に乗ってバージニア州のアレクサンドリアに行った帰り、思わず電車内で寝込んでしまい、ゾッとしたことを思い出す。後にも先にも外国でひとり近郊電車に載っていねむりをしたのは、この時ぐらいである。よほど疲れていたのだろう。一人旅では、たしかに簡単に寝たりしない。

昨日の「テルアビブから」が問いかけていることは、そういう緊張感が日本にはない、ということなのだろう。日本の長所でもあると私たちは思う島国に住む農耕単一民族故の「間合い」は、決してグローバルスタンダードではない。

テルアビブの街が、日本とは180度違う、絶えず緊張下にあるのは事実だ。エレサレムとはまた違う空気が流れていた。石合氏の言わんとする危機感は私にも伝わってくる。それは多文化共生故の緊張感だと思うのだ。

この多文化共生に最も遠い日本。だからこそ出来ることもある。イスラムやユダヤ、ヒンドゥーと無関係だからこそできる仲介外交。東チモールでのPKOや、ヨルダンとパレスチナ、イスラエルを結ぶ日本政府の働きもある。マイナスをプラスに変えることも可能である。本物の地球市民育成が急がれる。

2013年1月7日月曜日

2013年 今年のワンフェス

今年のワンフェスは2月2日(土)・3日(日)だそうです。詳細はわからないけど、今年もルー大柴がトゥゲザ-するのかな?去年はエレベーターでバッタリトゥゲザ-しました。(笑)今年のワンフェスも楽しみ。もちろん私は行きます。