2010年5月30日日曜日

最高のフルートとクマのプーさん


 今日も「ハーバード白熱教室/第9回」を見た。ロールズの正義論の続編である。今日のお題は、アメリカの大学における人種による優遇措置がテーマであった。実際にテキサス大学のロースクールで、白人学生が入学を許可されなかったことに対して訴えたことを取り上げ、学生の意見を聞く。大変難しい問題である。結局、①是正:教育環境のマイノリティーの不利を補う・②償い:過去の特に黒人差別に対する歴史的問題への償い・③多様化の必要性:大学の設置目的や氏名を教育的・社会的な立場から考える時多様性は不可欠といった3つの論が提起される。ハーバードのレガシーミッション(親等がハーバードを卒業している場合、入試で有利になる制度)なども論じられて、結局多様性の必要性を認めるとして、その基準と個人の公平な判定への権利との整合性を深めていく。
 後半は、この分配の正義について、一気に話はアリストテレスへ。”最高のフルートは誰の手に”という設問である。アリストテレス的に正義を考える場合、最高のフルートは誰が手にすべきだと彼は言っているか?そう最高のフルート奏者である。では何故?アリストテレスは、カントもロールズも認めない道徳的対価を認めている。最高のフルートは値すべきものに与えられるべきである。なぜなら、そのフルートの”目的”は、最高の音楽を創るためにある。これを成しうる人物に与えられなければならない。目的から正義が生まれるのである。これを目的論的論法という。(そうそう、センター対応で教えた。目的因である。)これは直感的でありしかも妙な説得力がある。
 クマのプーさんの哲学について、教授はふれていた。プーさんは、ブンブンという音を聞く。この音の目的な何か?羽の音である。その羽の音はハチのものである。何故ハチは音を立てているのか。蜂蜜を作っているのである。その目的は何か?私の為に蜂蜜を作っているのである。よって、プーさんは、蜂蜜を食べるため木に登っていた。(笑)このような目的論的論法をしないよう子供のころから教育を受けてきた(笑)次回は、この目的論的論法に反論しようと講義が終わった。…なるほど。今日も面白かった。
 しかし、ハーバードの学生の論議の旨い事にはいつも感心させられる。アメリカの教育制度を実際見聞してきた私には驚きではないが、こんな授業を受けて、常々ディベートやディスカッションで訓練されている連中を相手にに現日本政府ごときが太刀打ちできるわけがない、と思ってしまうのである。 

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