2010年5月27日木曜日

ブルキナの赤い土 その3


 24日の夜、ピーター会のK先生から携帯にメールが送られてきた。(我が家の通信状況は最悪なので当然翌朝に見たのだが…。)K先生はわれらケニア行きの教員の中では最長老で、退職まであと3年、最後の1年担任だそうだ。K先生の勤める府立T高校は、このところ良くなってきたそうだが、K先生の学年は荒れているらしい。K先生としては、学級通信をつくって、紙面の4分の1はどに詩を載せているとのこと。わかりやすくて、生徒の気持ちを前向きにしたり、やさしくするような「生徒に読ませたい」と思われるものがあれば教えて欲しい、とのことだった。K先生、実は大阪でも指折りの進学校で日本史を教えていた方で、今や押しも押されもせぬ”好々爺”である。ナイロビのホテル前で聞いた”ジャスト・マッタ(待った)・モーメント”のギャグは今でも使わせていただいている。

 で、さっそくブルキナのIさんの詩(3月1日付ブログ参照)の「バナナ売りの少女」をご推挙申し上げた次第である。<今日の画像は、荒熊氏のブログ(2009年9月1日付)から引用させていただいたIさん自筆の百聞は一見にしかずの板である。荒熊さんのブログで、この板をIさんの店”我が家”に飾るよう進言した以前ワガドゥグに滞在していたT氏とは私のことである。(笑)>
 私は、この書が大好きだ。百聞は一見に如かず。一見は百行に如かず。百行は一念に如かず。Iさんらしい。この書の深意を尋ねると、照れくさそうに「なんとなく思いついただけですよ。」とおっしゃっていた。私はそうは思わない。”一念”こそ全てを生みだす源泉である。Iさんのブルキナでの戦いは一念が定まっているから可能になったものだ。荒熊氏も同意見をブログに書いておられる。

 その荒熊さんも、またアフリカに行けるようになられたらしい。(5月24日付ブログから)うらやましい。荒熊氏も一念が定まっているからこその研究費獲得である。7月18日の”仮想世界ゲームIN本校”も、状況はきびしい。そう、なによりも”一念”である。ガンバロー!

4 件のコメント:

  1. 良い言葉ですね。自分の中の一念を探すには百行では足りず、千行が必要な気がします。千口にならないように目の前にある問題に一生懸命取り組みたいです。

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  2. 良いでしょう。写真の右手は、のれんです。ちょうど入口の左にあります。Iさんには私の提案どおりしていただいて感激しました。

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  3. お久しぶりです。ピーターの会のbambooです。
    K先生のメールが気になって来てみました。
    いい言葉ですね。僕も自分のクラスの教室に
    額縁に言葉を飾っています。定期的に変えようと。
    次はこれかな。バックパッカーの端くれとして
    百聞は・・という気持ちは大いにありますが
    そうか・・・一念に勝るものはないんですなあ。
    またピーターの魂を思い出すために立ち寄ります。

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  4. BMAMBOO先生、コメントありがとうございます。長いこと気づきませんでした。時々コメントを見なければいけませんねえ。I氏の言葉、どうぞ生き様と共に生徒諸君に伝えて下さい。

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