今日のエントリーは、チェコのプラハの春の話である。佐藤優の「同志社大学神学部」の中で、チェコの神学者フロトーマカの話が出てくる。そもそも佐藤優は高校時代から社青同に関係しており、マルク酒主義者であった。無神論の研究のために神学部に入ってきたそうだ。チェコは、英仏の宥和政策のためにナチスに蹂躙された。その後ソ連によって開放される。よって、ソ連に対しては西側の民主主義国より親和的であった。フロマートカはアメリカに亡命したが帰国する。翌年、共産党の無血クーデターが起こった。ソ連もしくは帝政ロシアと国境を接していないスラブ人国家(ブルガリアやセルビアなども含めて)はソ連に対して好感をもっていた。
フロートマカはチェコの共産化を消極的に支持していた。彼は、本来キリスト教が行うべき、労働者の貧困問題やナチズム、ファシズムへの抵抗を共産主義者が行ったと解釈していた。素朴な唯物論を信奉していた共産主義者は、超越性への畏敬の念も原罪観も持たない。性善説によって組み立てられた社会は、フランス革命のジャコバン党のような恐怖政治になる故に、これを阻止するためにキリスト教徒は全力で働きかけていかねばならないと考えていた。フロートマカは1958年に東独で刊行された「無神論者のための福音」の中で、西側の実存主義者も東側の共産主義者も近代社会で疎外された個々人と類としての人間を開放しようとしている。人間疎外は近代になって起きたことではない、常に人間は疎外された状況に置かれている。イエスを信じることが救済であることを社会主義社会の中で伝えていくことが神学者の使命であると。
また、中世の西ヨーロッパにおいて、ユダヤ・キリスト教の一神教、ギリシアの古典哲学、ローマ法が融合したコルプス・クリッスティヌム(corpus christianum)というキリスト教文明の社会システムが成立し、近代にも世俗化されたカタチでこのシステムは残った。支配者側に組み込まれたキリスト教は、悔い改めを忘れてしまったと。このコルプス・クリッスティヌムの脱構築がロシア革命だとフロートマカは考えた。キリスト教、特にプロテスタンティズムが資本主義社会の矛盾と真剣に取り組み、労働者の境遇を改善する努力をしていればマルクス主義の力はこれほど大きくならなかったはずだと主張する。この状況に悔い改めようとしていないことが最大の問題だというわけだ。
社会主義体制を打破しようとしたハンガリー動乱とは異なり、プラハの春は、「人間の顔をした社会主義」を追求する社会主義体制を前提とした民主化運動である。体制内の異議申し立てである。この「人間の顔をした社会主義」という発想はフロートマカによるところが大きい。佐藤優が彼の思想に惹かれたのがよくわかる気がする。
ところで、私はまだチェコ人と話したことはない。妻とよく話しているのだが、もしヨーロッパにもう一度行けるならプラハ。うん、地球市民の記憶を是非増やしたいものだ。
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