![]() |
| https://murata35.chicappa.jp/hosinomati/katanosi9901.htm |
2024年6月8日土曜日
交野市長の正論
2024年6月7日金曜日
追憶 芸術鑑賞
![]() |
| https://www.wind-company.jp/unit/big-wind-jazz |
商業高校では、N市民会館で落語を聞く機会があったのだが、全30クラス。うるさくて、落語家さんが、最後にしかりつけたこともある。工業高校では、最初からそういう人間相手の芸術鑑賞は行わず、映画鑑賞、それも難しいものではなく、アルマゲドンなどストーリーが単純明快なものを見ることが多かった。これは大正解。(笑)
国際的かつ日本の古典芸能を尊ぶM高校では、国立文楽劇場で文楽を鑑賞した。これは眠かった。(笑)H高校では、D市民会館で、ジャズのスウィングを聞いたことが印象に残っている。(画像参照:こんな感じだった。)有名な曲が中心で、意外に生徒にウケが良かったし、十分楽しめたのを覚えている。
まあ、各校それぞれであるのだが、最後に、自分自身の高校時代の芸術鑑賞の話。クラシックの演奏(大フィルの交響楽だったように思う。)で、忸怩たる思いをした。楽章終了ごとに拍手をする同窓。実に恥ずかしい思いをしたのだった。何度も「拍手するな、最後まで待て。」と叫びたい衝動にかられたのだった。当時は、フォーク、ロック全盛で、クラシックはかなりマイナーだったし、そういう礼儀を知らなかったのも無理はないのだが…。
2024年6月6日木曜日
フーコーとマネの絵画
![]() |
| http://blog.meiga.shop-pro.jp/?eid=273 |
2024年6月5日水曜日
学園のサッカー部 頑張れ
![]() |
| https://cocorocom.com/school/article/267 |
教えていた生徒たちが、いよいよ実力を発揮する時が訪れたという感じである。今年の3年のサッカー部の生徒はおそらく短時間でも集中でき、効果的な勉強ができるのだろうと思う。頭脳明晰であることは、サッカーだけでなくあらゆるスポーツで有利である。ましてサッカーは、状況判断が極めて重要である。
大昔に、商業高校でサッカー部の顧問をしていた時、夏合宿で夜にバスケットをやった。すると意外にうまくフォーメーションが組めるのだ。サッカーはグランドが広く、運動量も多いので、そのバスケット的フォーメーションをいかにサッカーに応用できるかだと、主顧問が言われていたことを思い出す。
学園サッカー部、新たな伝統を今年も作ってほしい。がんばれー。
2024年6月3日月曜日
ポートランドの姉妹都市は?
![]() |
| https://www.city.sapporo.jp/kokusai/sistercity/portland65th_logo.html |
せっかくなので、地理総合の授業で、ポートランドについて紹介した。といってもあまり有名ではないので、地図を描いて場所を示した。西海岸・オレゴン州の州都である。ふと日本の姉妹都市の話をしようかと思った。大阪の姉妹都市はシカゴ。天下の台所と言われた大阪と穀物取引所があるシカゴは穀物取引つながりである、などと講じた。京都は古都。アメリカの歴史は浅いが、古都といえばボストンとなる。では、ポートランドの姉妹都市は?実は緯度つながりで札幌である。御本人に確認したら、もちろんご存知だった。
こういう脱線も地理の授業らしくていいかなと思う。今日の画像は、両市の姉妹都市提携65周年のロゴである。
2024年6月2日日曜日
キリスト教と関係が深い家畜
![]() |
| https://meiga-louvre.amebaownd.com/posts/7906470/ |
2024年6月1日土曜日
フーコーとベラスケスの絵画
![]() |
| https://www.artpedia.asia/las-meninas/ |
フーコーは、ハイデガーをかなり読み込んだようだ。そこで「表象」という語が出てくるのだが、その説明に使われているのがデカルトの立場である。私は、これまでずっと、デカルトの3つの証明を高校倫理で教えてきた。第一証明はあまりにも有名で、教科書には書かれているが、第二証明(神の存在証明)と第三証明(物体の存在証明)は書かれていない。カントの認識論も同様で、最近の教科書には登場しているが、昔は実践理性批判(道徳形而上学)の内容が中心だった。高校生にも(ちょっと難解ではあるが)十分理解できる内容である。大学の教養課程で哲学を取ったら、こういった哲学書を読む機会があるだろうから、やはり必要な学習だと思う。
この章の最初に、『言葉と物』の冒頭に登場するベラスケスの『ラス・メニナス(従者たち)』という有名な絵画が紹介されている。(画像参照/拡大可能)この絵には、不在のままに全体を支える王の姿(王女の後ろの鏡にフィリップ4世夫妻がおぼろげに映っている。)が描かれている。フーコーは、この絵に重ね合わせて、ハイデガーが想定した、17世紀のデカルトと18世紀のカントの間に起こった主客の逆転を近世哲学史上の大きな転換点として肯定している。
高校倫理的な説明で言うと、デカルトは方法的懐疑でコギトを確立したが、その前に現れる表象=物体を神の被造物として証明した。(第二・第三証明)ちょうど”不在のままに全体を支える王の姿”は神である。しかし、カントの認識論には、もはや神の存在は要請されていない、という内容である。
この本、なかなか面白い。…つづく。








