3年生の授業が無くなった1月末から、授業の負担が減ったことを利用して、『高校生のためのアフリカ開発経済学テキスト』を書き直してきた。もうV4.01になる。先日、ダンビサ・モヨ女史の「援助じゃアフリカは発展しない」の内容を組み入れておよそ完成した。現在、校正中というところである。秋田商業高校への出張になんとか間に合いそうである。
このオリジナル・テキストの骨組みは、開発経済学の基礎(資本蓄積と生産性の向上)と、アマルティア=センの「貧困の概念」、これにポール・コリアーの『最底辺の10億人』の4つの罠を中心に、アフリカの農業の・工業の問題点を洗い、アフリカを知るためのキーワードやグローバリぜーションの中でのアフリカ経済、中国の進出、市場としての未来、デモクレイジーなどを肉付けしてある。
今回の書き直しのコンセプトは、3点。その1は、授業で使いにくい難解な文章(専門書から引用したのだから当然である。)を、できるだけ平易に書き直すこと。授業で、私がすらすら読んでも、教室に?のイオンが充満する。(笑)結局、解読しながら話すことになるので、易しくした方が自学自習できるので、価値的である。
その2は、『アフリカ学入門『や『アフリカに学ぶ』という最良のテキストが昨年出たので、その内容をうまく活かす試みをすること。これまで、「アフリカを知るための隠れたキーワード」として①エスニックグループと国境線②人口密度と土地の話③ポレポレとハクナマタタ-情の経済ー④農村と都市⑤伝統的結婚のシステムーロボラとマライカーという項目を立ててきた。これに⑥「呪術化する現代アフリカ」という項目を追加した。生徒も呪術にはかなり関心を示す。テキストに付加したカタチで語ることも多かった。「アフリカに学ぶ」のコラムからの引用を中心にテキストに挿入したのである。
その3は、前述の「援助じゃアフリカは発展しない」の内容を組み入れることであった。前回のV3.04には「動き出す9億人の市場」の内容を入れたが、今回はダンビサ・モヨ女史を是非入れたかった。「開発経済学からのアプローチ」という、さらに専門的な領域の項の、アマルティア=セン、ジェフリー=サックス、ポールコリアーに並記した。私の中では、偉大な開発経済学者である彼ら3人に並記すべき内容だと思っている。もちろん、新たな関連書籍も追加した。
いずれ、このブログでも公開するつもりでいる。(今は常設ページにV3.01の抜粋だけ公開しているが、今度は全編PDFからJPEGに変換して公開するつもりでいる。3月末くらい?。)浅学ではずかしいが、あくまで現場の高校教師の教材研究の域内ということで笑って許していただきたいところである。
2011年3月6日日曜日
2011年3月5日土曜日
三島塾でセネガルの話を聞く
| 府立三島高校・社会科教室にて |
来日5年目のニャン・オスマン氏は、元ダカールの国際空港の警備員で、日本人の奥さんと結ばれ子供もかわいい女の子が2人いる人だった。今は焼き肉屋で勤めているとか。彼は、もちろんムスリムである。なかなかファッショナブルである。さすが「セネガルの着倒れ(日本で言えば京都かな)」を体現している。だいたい想定していた話の内容だった。彼が時折しゃべるフランス語に西アフリカの臭いを感じた次第。
もう一人の講師は石川梨絵さんという方だった。この方の話、かなりよかった。セネガルに個人的にドラムやダンスを習うため村に滞在する格安のスタディツアーが、アフリカとの出会いだという。その時アフリカに惚れてしまったらしい。(わかる)本業は織物だそうで、その後2年間日本にいて、JOCVに合格、コートジボアールで、2年間織物を美術系の大学で教えることになったのだという。その後さらに連絡員としてセネガルに移ったらしい。彼女は、セネガルの農村を見事に描いた「バオバブの記憶」という映画のダイジェスト版も見せてくれた。なかなかいいのである。レクチャーもうまい。私は大いに感心してしまった。今まで何度も元JOCVの赴任国紹介を聞いた経験があるが、彼女は指折りのうまさであった。休憩時間に、きっちりと名刺交換しておいた。
彼女の話の中で、最も印象に残った話を書き残しておきたい。それは彼女がJOCV連絡員としてセネガルに赴任する直前に事故死した「セネガル人とはいつもケンカですわ。」と笑っていた大阪の農業関係のJOCVの話である。
彼は、セネガルでも離農したがる若者が多いことを嘆き、「農業はおもろいんや。」と巨大カボチャを作ったり、大好きなヒマワリを植えて村人と鑑賞したり、若者を農業に引きつけようと必死で頑張っていたらしい。彼は宿舎の壁に、『語り継がれることではなく、引き継がれることをしろ』と書いた紙を貼り付け、常に自問自答していたようだ。任期を1年延ばし、”引き継がれる”仕事をしていたのだが、バイクで移動中にクルマに追突され急逝したという。セネガルのJOCVでは伝説の人らしい。
『語り継がれることではなく、引き継がれることをしろ』…か。彼の真摯な、まことに真摯なJOCVとしての「志」に私は泣ける。セネガルの赤い土には、彼の「志」がきっと染みこんでいるに違いない。同じアフリカを愛する人間として、彼の冥福を心から祈りたい。
2011年3月4日金曜日
卒業式の日に教育を哲学する
| 阪大・中之島センター |
昔からの友人で私立のS高校のT先生から、いっしょにいきませんかという誘いを受けていたのだった。講師は、竹田青嗣さんという早大の哲学者である。ビッグネームである。行きたい!と快諾した。14:30受付開始、15:00開始だった。かなりタイトな時間になったが、なんとか間に合った。テーマは「教育を哲学する」である。実はこの講演会、大阪府高等学校国語科研究会の主催である。私は社会科なのでだいじょうぶかと聞いたら、T先生は「問題ないみたいですよ。」とのこと。一応本校の国語科長のK老師にも声をかけて了承を得ておいたのだった。
さて、その内容について、私の理解の及ぶ範囲で、かいつまんで書き残しておこうと思う。
近代以前と近代以後の教育について、哲学から考えるとき、重要なのはホッブズとルソーである。「万人の万人に対する戦い」、ホッブスの自然状態は近代以前の「普遍闘争原理」に基づいている。これに対してルソーは近代の原理である「一般意志」という原理を立てた。この「一般意志」こそが、『相互承認』という大前提のもとで正統性をもつ唯一の原理となった。ホッブスの「暴力が支配する世界」から全ての人民は解放され、同じ条件の下(肉体や能力やその他の差異はあるにせよ、法的には平等なゲーム・プレイヤーとして)で自らの自由を求めることを是認されたのである。
ところで、近代以前より「社会的善」の概念はあった。それは、家族や部族などの伝統的な共同体の「社会的善」である。当然それぞれの善には差異が生ずる。しかし、近代以後の「社会的善」は「一般意志」である。近代以後の公教育の役割は、この伝統的共同体的な「社会的善」の世界から子供を引っ張り出し、貴族であろうと、農民であろうと、人間は同じ自由を求める立場に置かれているというパートナーシップを学ぶ場であることを認識させることにあった。
ここで、竹田先生は、プラトンを引かれる。「一般意志」をわかりやすくいうとルールである。伝統社会的な親の課すルール、子供の内的ルールや子供同士のルールがぶつかり合い、子供も「コトバの貯め」(語彙が豊富になる)による反抗が生まれるなど、せめぎ合う『1枚目の世界』が子供の中で作られる。さらに子供は、公教育という『2枚目の世界』の中で、社会のルールを学び、さらに、そのルールは他者との考え方の相違や合意といった関係の中で、より良いルールをつくれることを学ぶ。これが『三枚目の世界』である。この多重性の中で、本質に迫ることが可能になる。これをプラトン的にいうと、「心意」あるいは「陶治」と呼ぶものである。
プラトンの洞窟の比喩というのがある。この講演の枕とされた比喩に最後に竹田先生は着地される。洞窟の奥に座らされた人間は、哲学者の考察によって、今見ているモノは影にすぎないと知る。哲学者は人間の背後にある光を見、そのさらに背後にある太陽を知っている。この光こそが本質に迫ろうとする「心意」であり、太陽の光は本質の本質と呼べるものである。(普通のプラトンで行けばイデアである。)一枚目の世界と二枚目の世界は、洞窟で人間が見る影であり、三枚目の世界が光であり、太陽は本質中の本質である。すなわち近代における相互承認された責任を裏付けにした真の自由の獲得であるわけだ。
なかなか有意義な講演であった。久しぶりに私の本地である哲学の講義を受けた。プレゼンの画像など一切なし。1時間45分にわたる長い講義。何も見ずに語りかける絶対的な知識量と構成力。さすがビッグネームであった。帰路京橋で、T先生と久しぶりに餃子とニラレバ炒めをアテにビールを飲んだ。さらに有意義な会話が進んだのだった。教師は洞窟(学校内)から、外の光(学校外への様々な研修や取り組み)を見るよう常に努力をしなければならない、というのが2人の結論であった。
2011年3月3日木曜日
パソコンも私も減量
1日2回の投稿になるが…。実は一昨日の夜、自宅のPCがぶっ壊れた。ブログを書き終えて公開した直後である。昨日、パソコン工房というところに持っていて診断してもらったら、とりあえずリカバリーが可能と云うことで、CDをぶち込んで、データをぶっ飛ばして生き返ったのだった。ところが、どうもおかしい。画面がヨコに延びたママなのである。様々な試みっをしたのだがダメである。アフリカのジャスミン革命の影響についてさきほどブログも書けて、まずは一安心なのだが…。なんかおかしい。それで、今、学校から持って帰ってきたPCで1日2度目のブログを書いている。どうも、ウィンドウズのみが復帰したようで、PC:私のはGatewayなのだが、その付加されていたシステムがみんなぶっとんだようである。あちゃー。
まるで私の今の体のようである。あまり書くと読者のみなさんに心配をかけるので触れなかったのだが、先週風呂から上がって妻に言われて体重を量ってみると、6kg減っていた。めでたいことだが、別に運動したわけでもない。喉の渇きはひどいし、夜何度も水を飲みトイレに行くので熟睡できないしで、ちょっとやばかったのである。医者に行って、血糖値を計ってもらうと492もあった。ひえー。別に食事直後の数値ではない。食事からかなりたっている。特に思い当たる節もなく、やはり昼食や缶コーヒーしか考えられない。キツイ目の薬にかえて、約1週間。喉の渇きはかなりマシになった。夜もあまり頻繁にトイレに行くこともなくなった。とはいえ、やっぱり足はつるし、H城鍼灸院では超重病患者扱いである。
糖尿でいらん6kgがぶっとんだ私の体と、データと付加されていたシステムがぶっとんだPC。なんか笑える。
とはいえ、ときどき疲れがたまるとふわーとする。こんなんで秋田行を控えて大丈夫か、と思い自重する毎日である。缶コーヒーは以来飲んでいない。ところで、明日は、卒業式である。元気な笑顔で3年生をを送りたい。
まるで私の今の体のようである。あまり書くと読者のみなさんに心配をかけるので触れなかったのだが、先週風呂から上がって妻に言われて体重を量ってみると、6kg減っていた。めでたいことだが、別に運動したわけでもない。喉の渇きはひどいし、夜何度も水を飲みトイレに行くので熟睡できないしで、ちょっとやばかったのである。医者に行って、血糖値を計ってもらうと492もあった。ひえー。別に食事直後の数値ではない。食事からかなりたっている。特に思い当たる節もなく、やはり昼食や缶コーヒーしか考えられない。キツイ目の薬にかえて、約1週間。喉の渇きはかなりマシになった。夜もあまり頻繁にトイレに行くこともなくなった。とはいえ、やっぱり足はつるし、H城鍼灸院では超重病患者扱いである。
糖尿でいらん6kgがぶっとんだ私の体と、データと付加されていたシステムがぶっとんだPC。なんか笑える。
とはいえ、ときどき疲れがたまるとふわーとする。こんなんで秋田行を控えて大丈夫か、と思い自重する毎日である。缶コーヒーは以来飲んでいない。ところで、明日は、卒業式である。元気な笑顔で3年生をを送りたい。
アフリカ:茉莉花革命の影響
| ブルキナ・ワガの通勤の様子 |
【3月1日 AFP】抑圧、貧困、腐敗にあえぐサハラ以南のアフリカ諸国は今、アフリカ北部などのアラブ世界を席巻する革命の波に、希望のまなざしを向けている。
アンゴラからジンバブエまで、アフリカの多くの国々は、20年あるいは30年以上、独裁者に強権支配されてきた。だが、富裕エリート層と飢餓階層の大きな格差、長年の圧制。これらの状況は、サハラ以南のアフリカ諸国も、チュニジア、エジプト、リビアと変らない。だが、それだけで、民衆の怒りの波を引き起こせるだろうか?
ナイジェリアの人権活動家シェフ・サニ氏は、「北アフリカでの反乱は、アンゴラからブルギナファソまで、ナイジェリアからエリトリアまで、サハラ以南アフリカの民衆に、自由の火をかかげ、結果を恐れずに進む勇気を与えるだろう。サハラ以南の民衆が蜂起するかどうかは、仮定ではなく、時間の問題だ」と話す。
しかし、サニ氏ら観測筋は「革命への着火力は、北アフリカ・中東よりサハラ以南アフリカのほうが強いが、人種的・宗教的分裂が統一戦線結成の妨げになっている」とみる。ナイジェリアの学者、エゼ・オシタ氏は、「北アフリカはサハラ以南と違い、人種、文化、宗教の点で同質であり、このことが国民の動員をたやすくした」と解説する。
■サハラ以南の各地でデモ
それでも、サハラ以南の野党指導者らは支持者に対し、アラブの例にならって反乱を起こすよう呼びかけている。その一方で、国の指導者たちはそうした動きの封じ込めに躍起になっている。赤道ギニアは「報道管制」を行い、チュニジアとエジプトの大統領退陣に関するニュースを一切国民の目に触れさせないようにしている。アンゴラでは、匿名の人物が政府への大規模な抗議デモを呼びかけたが、1975年の独立時から政権の座にある与党は「デモ参加者には重い刑罰が科される」と警告した。ロバート・ムガベ大統領(87)の政権が1980年から続いているジンバブエでは、エジプトの反政府デモに関する研究会を開いたとして、元国会議員1人を含む47人が逮捕された。国民がそれほど抑圧されていないモザンビークやブルキナファソ、民主主義が進んでいるとされる南アフリカやセネガルといった国々でも、デモが起きている。いずれも、貧困・失業対策、インフラ整備を求めるといった内容だ。
■サハラ以南で反体制デモが置きにくいその他の理由
チュニジアとエジプトでの政権崩壊の鍵となったのが「ソーシャルネットワークによる動員」と「軍の中立的態度」だと指摘されているが、サハラ以南の各国の軍は権力者に擦り寄る傾向が強く、インターネットの普及率もマグレブ諸国に比べると圧倒的に低い。
前者の例は、コートジボワールが良い例だ。前年11月の大統領選でアルサン・ワタラ(元首相が現職のローラン・バグボ大統領を破って当選したが、バグボ氏は権力移譲を拒否。軍はバグボ氏の後ろ盾に回った。ウガンダでは、 ヨウェリ・カグタ・ムセベニ大統領が1986年から政権の座にあり、前月の大統領選でも再選されたが、選挙に不正があったと指摘されている。同国マケレレ大のフレデリック・ムテビ教授は、「ウガンダの軍は政権を強く支持しており、政府の民兵として振る舞うことも多い」と指摘した。ムテビ氏はさらに、サハラ以南、特にウガンダは、教育を受けた中流階級が少ない上、北アフリカに比べて都市化も進んでいないと話した。「反体制デモを開始、継続していくためのインフラは、北アフリカではここよりはるかに整備されている。エジプトのデモ隊は、インターネットにせよ、ほかの手段にせよ、緊密に連絡を取り合っていた。そのようなことを可能にするインフラはここにはない」(ムテビ氏)一方、ジンバブエ国立マスビンゴ大のある専門家は、アラブの民衆蜂起が、独裁者たちに強権強化の機会を与え、独裁体制を固めさせるという逆の効果をもたらす恐れもあると警告している。
だいたい私が考え、危惧していたことと同じである。サブ=サハラ・アフリカの方が、独裁的で悪いガバナンスの失敗国家が多い。北アフリカ以上に火種がある。ところが民族的なパッチワークの関係で、団結しがたいし、インフラ(ネットで結び合うIT)が進んでいないし、教育を受けたアフリカ2が少ない。反対に、権力者は独裁体制を固めるというのもわかる気がする。
ブルキナでも、デモがあったらしい。F君が4月に行くので、ちょっとオイオイという感じなのだが、首都ワガドゥグに珍妙なデザインの新しい大統領府と官庁が建設され、一般庶民はアホかと考えているのは知っていた。不満は常に潜在的にある。ところが、ブルキナベは極度に軍を恐れている。ある意味の諦観がそこにある。しかし、穀物の高騰をきっかけにした怒りが限度を超えたとき、どうなるかはわからない。あの人のよいブルキナベたちを怒らせるのは並大抵の話ではないからだ。私はブルキナベがその潮流にのるとは思わないが、コートジボアールのこともある。大統領がさらに統制を強めるのではと心配である。
一方、モザンビークは今、最もうまくいっている国のひとつである。少し豊かになったがゆえにジャスミン(茉莉花)革命が飛び火するのかもしれない。飛び火することがいいのか悪いのか、私にはわからない。先日述べた「公」たるルールが再構築できるかという大問題をかかえているからである。まさに昨日の異文化共生で指摘したシティズンシップという語彙の両義性のように、「ジャスミン(茉莉花)革命」は、捉える側によって両義性を持っている。1つは、アフリカ2(3)の人々がITを使って、悪しきガバナンスを革命する民主化という流れに沿う新しいエンパワーメントであり、もう1つは、同じくアフリカ2(3)が、既成の枠組みを単に破壊しさらなる混乱を生むG0(ゼロ)の流れである。
2011年3月2日水曜日
多文化共生の難しさ
先日、毎日新聞におよそ次のようなコラムが載っていた。イギリスの首相が、「イギリスの多文化共生政策は失敗した。」と表明したというのだ。それ以前にドイツの首相も「多文化共生政策の失敗」に言及しているとのこと。ヨーロッパでは、かなり多文化共生に嫌気がさしているらしい。ドイツはトルコ系の、イギリスはアラブ系の移民の存在に大いに困惑しているのである。彼らは、ともに「消極的」に移民の流入に対応してきた。ここにきて、排除できないものの、なんらかの「積極的」対応策を考えているらしい。フランスは、それに対して「積極的」に排除を口にしてきた。特にイスラム系移民への国民の反発は大きい。さすが、フランス(ヨーロッパの)中華共和国である。
大企業や農園などが、グローバリゼーションという弱肉強食のリングで勝つために格安の賃金労働を求める限り、社会として不法移民の必要性が生まれる。底辺国では、出稼ぎの需要が高い。最も弱い立場で搾取されるだけ搾取され、そして排除される。彼らは、こういう先進国と途上国を貫く「構造的暴力」に「ノン」を突きつけている。ヨーロッパにおける大きなエンパワーメントなのだ。
多文化共生ということは難しい。地球市民を育む教育がその未来を担っている。イギリスなどは、こういう教育の最先端をいっているのだが…。うーん、とまた唸りながら筆を置く。
さて、サンパピエという言葉がある。以前紹介した(2010年4月10日付ブログ参照)、エッフェル塔の下でみやげ物を売っているガボン人などのようにインフォーマルセクターに従事しているフランスの不法滞在者のことである。彼らは、フランスの大企業などにも雇用されたりしているらしい。詳細は下記のブログが詳しい。
彼らサンパピエは、フランス政府の排除に対して、決して後ろに引いていない。フランス世論では、人権的な立場と、フランス人のシティズンシップとが、がっぷり四つになって対立しているわけだが、ここで、注意したいのは上記のブログでは、ナジョナリズム的シティズンシップ(国民という概念に近い)という意味合いで使っていることだ。私のように国際理解教育に携わっている者にとっては、まったく反対の概念と捕らえている。うーん、社会学的な語彙は難しい。下記の記事が詳しい。
大企業や農園などが、グローバリゼーションという弱肉強食のリングで勝つために格安の賃金労働を求める限り、社会として不法移民の必要性が生まれる。底辺国では、出稼ぎの需要が高い。最も弱い立場で搾取されるだけ搾取され、そして排除される。彼らは、こういう先進国と途上国を貫く「構造的暴力」に「ノン」を突きつけている。ヨーロッパにおける大きなエンパワーメントなのだ。
多文化共生ということは難しい。地球市民を育む教育がその未来を担っている。イギリスなどは、こういう教育の最先端をいっているのだが…。うーん、とまた唸りながら筆を置く。
2011年3月1日火曜日
スワジランドで「デモ」呼びかけ
中東のフェイスブックを使った民主化の波動が、ついにサブ=サハラ・アフリカにも飛び火した。
産経のWEBニュースで昨日知ったのだが、スワジランド王国が、その舞台である。
「フランス公共ラジオは26日、アフリカ南部の王国スワジランドで、王制打倒を求めるデモの呼び掛けがインターネットの交流サイト「フェイスブック」を通じて行われていると伝えた。中東で激しさを増す反政府デモの動きがアフリカにも波及し始めた形だ。
呼び掛けの主体は地元の民主化グループで、同国で政党活動が禁止された1973年4月12日にちなみ、4月12日に国内各地でデモを行う考えという。スワジランドでは、国王ムスワティ3世による絶対王制が敷かれ、国王一族がぜいたくな暮らしを送る一方、国民の多くは貧困に苦しんでいる。」(共同)2011.2.27 00:58
スワジランドは、アフリカでもかなり特殊な国だ。まず王国であること。サブ=サハラ・アフリカでは非常に珍しい。(首長国といった方が妥当かもしれない。)南アとの結びつきが強く、アパルトヘイトの隠れ蓑的存在で、工業がある程度盛んである。したがって1人あたりのGDPは高いのだが、国王一族以外は、極めて貧困にさらされていることは事実で、HIVエイズの罹患率は、アフリカでもかなり高い。
外務省のODA関連のスワジランドの項をよく読むと、日本はこの国王をかなりかっているように見える。「(国王が)現実的かつ穏健な外交政策を取っている。また近年では、2008 年8 月以降、SADC 平和・安全保障組織の議長国としてジンバブエ、マダガスカル問題等の調停に携わり、地域の安定への貢献に努力している。」かららしいが、経済的な結び付きも弱く、そんなにODAで協力しているわけではない。(外務省も微妙な言い回しをしている。)
このスワジランド、生徒に調べさせてみると、毎年「王制をやめ、民主化し、国王一族の無駄使いを、開発に向けるべきだ。」という結論が出てくる。フツーに考えればそうなるだろう。私も同感である。「アフリカのニュースと解説」のMiyaさんも、さすがに個人や国を批判しないというポリシーでブログをつくられているようだが、ここは、ノルウェイの肩をもって書いておられる。(2010年10月2日付)
http://let-us-know-africa.blogspot.com/search/label/%E3%82%B9%E3%83%AF%E3%82%B8%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89
というわけで、民主化の波動がスワジランドに飛び火したことを私自身は注意深く見守りたいところである。ウガンダの大統領選挙後は、どうなったのだろうか。それも気になるところである。
産経のWEBニュースで昨日知ったのだが、スワジランド王国が、その舞台である。
「フランス公共ラジオは26日、アフリカ南部の王国スワジランドで、王制打倒を求めるデモの呼び掛けがインターネットの交流サイト「フェイスブック」を通じて行われていると伝えた。中東で激しさを増す反政府デモの動きがアフリカにも波及し始めた形だ。
呼び掛けの主体は地元の民主化グループで、同国で政党活動が禁止された1973年4月12日にちなみ、4月12日に国内各地でデモを行う考えという。スワジランドでは、国王ムスワティ3世による絶対王制が敷かれ、国王一族がぜいたくな暮らしを送る一方、国民の多くは貧困に苦しんでいる。」(共同)2011.2.27 00:58
スワジランドは、アフリカでもかなり特殊な国だ。まず王国であること。サブ=サハラ・アフリカでは非常に珍しい。(首長国といった方が妥当かもしれない。)南アとの結びつきが強く、アパルトヘイトの隠れ蓑的存在で、工業がある程度盛んである。したがって1人あたりのGDPは高いのだが、国王一族以外は、極めて貧困にさらされていることは事実で、HIVエイズの罹患率は、アフリカでもかなり高い。
外務省のODA関連のスワジランドの項をよく読むと、日本はこの国王をかなりかっているように見える。「(国王が)現実的かつ穏健な外交政策を取っている。また近年では、2008 年8 月以降、SADC 平和・安全保障組織の議長国としてジンバブエ、マダガスカル問題等の調停に携わり、地域の安定への貢献に努力している。」かららしいが、経済的な結び付きも弱く、そんなにODAで協力しているわけではない。(外務省も微妙な言い回しをしている。)
このスワジランド、生徒に調べさせてみると、毎年「王制をやめ、民主化し、国王一族の無駄使いを、開発に向けるべきだ。」という結論が出てくる。フツーに考えればそうなるだろう。私も同感である。「アフリカのニュースと解説」のMiyaさんも、さすがに個人や国を批判しないというポリシーでブログをつくられているようだが、ここは、ノルウェイの肩をもって書いておられる。(2010年10月2日付)
http://let-us-know-africa.blogspot.com/search/label/%E3%82%B9%E3%83%AF%E3%82%B8%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89
というわけで、民主化の波動がスワジランドに飛び火したことを私自身は注意深く見守りたいところである。ウガンダの大統領選挙後は、どうなったのだろうか。それも気になるところである。
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