2026年10月18日日曜日

吉村昭『落日の宴』を読む4

https://tamaki39.blogspot.com/2017/02/blog-post_19.html
中間考査の採点が終わり、生徒諸君にそれぞれ送信した。今回も入力ミスがあって、イライラしたけれど、なんとか終わったのだった。一方で、ドジャーズが敗けて、虚脱感が生まれたし風邪で体調を崩したこともあって、なかなかBloggerを更新する気になれなかった。というわけで、『落日の宴』の書評第4回目。

この『落日の宴』のメインは、ロシア使節のプチャーチンとの折衝である。どうやら、川路聖謨は、膨大な日記を残していたらしく、詳細な記述がなされている。最初は長崎での折衝になる。江戸から長崎へ。プチャーチンとのやり取りは、なかなか白熱している。鎖国政策と開国の曖昧な境目で、折衝は難航する。しかし、プチャーチン自身は、川路聖謨をかなり優れた外交官であると認識、リスペクトしていたようだ。

長崎での折衝では決着は見なかった。プチャーチンは再度来日するとして去る。クリミア戦争の影響で、ロシアは英仏との敵対関係になったのである。後日の交渉は、下田でなされることになる。しかし、かの藤田東湖が圧死した安政の大地震が下田を襲う。プチャーチンの軍艦も沈没する羽目になる。

幕府は、ロシアのために西洋艦船を新造することになるのである。まさに波乱万丈のロシアとの交渉であったのだが、北方領土(樺太や択捉島)の国境の線もなんとかまとめ上げていく。意外にロシアの交渉の姿勢は、アメリカや英仏と比べても悪くない。そんな感想を得た次第。

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