2022年9月10日土曜日

「知」の読書術 佐藤優

市立図書館に「異端の人間学」を返却して、佐藤優の「知の読書術」と「独裁の世界史」という新書を借りてきた。長距離通勤のお陰で、愛媛での読書量の減少を購うような日々である。「知」の読書術の第1章を中心に今日はエントリーしたい。

イギリスの歴史学者・エリック・ホブズボームの「長い19世紀」(1789年のフランス革命から1914年のWWⅠまで)と「短い20世紀」(1914年から1991年のソ連崩壊まで)の理論を元に話が始まる。「長い19世紀」は啓蒙思想(理性を用いて知識を増やし、科学技術を発展させれば理想的な社会が実現する)の時代であり、「短い20世紀」は「破局の時代」(WWⅡの終わる1945年まで)「黄金時代」(1973年のオイルショックまで)「危機の時代」(1991年のソ連崩壊とその後の94年まで)に分けて説明される。

ホブズボームは、WWⅠとWWⅡを31年戦争として捉えている。長い19世紀を通じて形成された「自由ー資本主義社会」を瀕死の状態に追い込んだ。1920年には選挙で政権が作られた国が35ヶ国以上あったが12カ国に減少するほどに自由主義は後退した。この時期、ヒトラーを敗北させたソ連は1929年の大恐慌で優位性を示し、戦後、社会主義は資本主義の自己改革を促す役割を担った。ここまでが「短い20世紀/破局の時代」。しかし、冷戦下で資本主義は前例のない経済的繁栄を迎える。これが「短い20世紀/黄金の時代」。その後、オイルショック後の世界的不況から福祉国家政策が行き詰まり、ソ連も崩壊し、世界が方向感覚を失い不安定と危機に滑り込んでいった「短い20世紀/危機の時代」となる。

ホブズボームは「危機の時代=危機の二十数年」を、新自由主義がグローバリゼーションと結びつきながら巨大な格差を生み出し続け、労働者階級の分裂ー政治的空白を生み出したと指摘している。この時代、政府に対する反発が既存の野党勢力(社会民主党勢力)の有利にはならなかった。新しい超国家的経済においては、国内の賃金は外国との競争にさらされ、政府が国内の賃金を守る力がはるかに小さくなっていると説いている。

佐藤優の解説によると、新自由主義下で安定した職に就いている中・上流層と不安定な下層に分裂し、従来の左翼政党が求心力を失い、大衆主義的な扇動政治と指導者個人を高度に全面に押し出す手法と外国人に対する敵意とを結合しているような勢力がその空白を埋めている、との指摘は現在にも当てはまるとしている。

しかし、佐藤優は、このホブズボームの時代診断が20年の歳月を過ぎても適用できることは間違いないが、「短い20世紀」は、まだ続いているのではないかという仮説を立てている。黄金の時代は「短い20世紀」の中では特殊で、今もなおずっと危機の時代が続いているのではないかというわけである。

WWⅡでアメリカが巨大な物量によって勝利を収めてしまった。アメリカは啓蒙の精神が盛んで、非合理な情念が人間を動かすという感覚がわからず問題を先送りし、ヨーロッパの知識人がWWⅠ以後格闘した「長い19世紀」の啓蒙思想の闇(啓蒙思想や合理主義がもたらす負の帰結とはなにか?という問題。例えばバルトの弁証法的神学、ハイデッガーの存在論、ゲーデルの不完全性定理、アインシュタインの相対性理論やハイゼンベルグの量子力学など思考の枠組みが大きく変化した。)に対してきちんと向き合って来なかったのではないか、そのツケが格差問題や貧困、排外主義、領土問題、民族紛争として浮上しているのではないか、と佐藤優は仮説を論じている。

…実に興味深い内容で、一気に読んだ。このホブズボームの歴史観には私も感銘を受けたし、佐藤優のまだ危機の時代が続いているのではないかという仮説にも賛同する。「長い19世紀」の啓蒙思想の闇については、私の中では若い頃からの精神の奥底にあるライフテーマであるといってよい。青年時代に梅原猛の「哲学の復興」の中でデカルトの二元論批判を読んで以来のテーマなのである。結局、私は、ブディストとして、この「啓蒙思想の闇」への哲学的な回答を得ている。(問題は社会科学的な回答で、これは模索につぐ模索中である。)それはいずれ、語る機会があればと思う。…つづく。

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