本校のクラス替えは今までの勤務校とはだいぶ異なる。3年生普通科は、2月のこの時期にクラス替えを決定するのだ。理由は、かなり選択科目が複雑だからである。教務から、選択別におよその枠組みを今週もらった。これを2年生の普通科5クラスの担任団で検討するわけだが、こういう場合、数学の先生がいるとスムーズである。
まず2学期の期末の成績(順位)をもとにソートする。さらに、教務の枠組みをもとに、このクラスに絞られるという生徒をセレクトする。あるいは、この2クラスに絞られる生徒をセレクトする。できるだけ成績(順位の和)が平均になるように、生徒を動かしていく。男女比も平均化する。4科目もの選択ブロックでは、クラスごとに人数のばらつきがないように、生徒を動かしていく。
非常に複雑な作業なのだが、わが担任団のS先生がエクセル上で一人でコツコツと原案を作成してくれた。ありがたいことだ。
で、今日の放課後、5人の担任が集まって、さらに団活動のことや生徒の微妙な人間関係なども考慮して微調整をしたのだった。進学クラスだけは全く同じメンバーだが、残りの4クラスは大きく変化した。5クラス全部を教えている私には、それぞれのクラスのイメージが浮かんでくる。なかなか、いい出来栄えではないか、と思う。
一方、わが5組は残り少なくなった日々を大いに楽しもうとしている。先日も昼休みにクラスでフルーツバスケットをやったそうだ。(笑)日直日誌を読むと、みんな5組が大好きなんだそうだ。担任として、クラス経営は大成功だったと自負している次第。アトは、全員が進級して有終の美を飾るだけだ。
2014年2月7日金曜日
2014年2月6日木曜日
ナポレオンと山縣有朋
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| http://www.behance.net/gallery/Napolon -Bonaparte-in-Vilnius/9644103 |
この国民皆兵こそが、近代国家の「国民国家」を作り出した。プロイセンなどは、ドイツ人らしく論理的に、このナポレオン軍の強さの秘密を解明し、自国民も無理やり「国民国家」化し、最後の最後のワーテルローの戦いで仏軍を逆転し溜飲を下げるわけだ。国民国家というのは、軍事思想であるといってよい。
ところで、少し日本史とオーバーラップさせてみる。日本にこの「国民皆兵=国民国家」という概念を輸入したのは山縣有朋である。戊辰戦争後訪欧して、この列強の強さの秘密を得て帰国するのだ。で、山縣有朋は、西郷に談判し「廃藩置県」の断行を迫るわけだ。廃藩置県とは封建制度の破壊であり、政府軍をつくるための方便でもある。明治の黎明期は、ほとんど新国家プランのない時代だが、学制だけは素早い。日本語の確立、東北弁の克服。ハト、マメ、マス。国民皆兵への道筋をつける事だけは迅速だった。それだけ、列強の植民地支配への危機感が強かったともいえる。
こんな話を今日、文Ⅰ(進学クラス)でしていたら、授業終了後、「先生、廃藩置県の真の意味がわかりました。面白いです。どんな本を読んだらいいですか?」と、ある生徒が聞いてきた。嬉しいではないか。興味をもってくれることが、私の最大の眼目である。
2014年2月5日水曜日
マンデラ氏の17の知恵
久しぶりにGloval Voicesを覗いてみたら、「誰もが知るべきネルソン・マンデラの17の知恵」という記事が載っていた。1964年の反逆罪裁判での法廷での演説を始め、様々なコトバが載っていた。すばらしいコトバばかりなので、エントリーしておきたい。
「成し遂げたことで私を判断するのではなく、失敗して再び立ち上がった回数で判断して欲しい。」
「私を聖人と呼ぶなら、聖人とは挑戦し続ける罪人という意味になるだろう。」
「憎しみは心を曇らす。憎しみによってあれこれ余計なことを考えてしまう。指導者には誰かを憎んでいる余裕はない。」
「人は憎しみを学べるのなら、愛を教えてもらうこともできるはずだ。なぜなら、人の心にとって愛することは憎むことよりも自然なことだから。」
「勇気ある人は平和のために許すことを恐れない。」
「報復するよりも情けをかける方が、この世界では多くのことを成し遂げられる。」
「スポーツはそれまで絶望しか存在しなかった場所に希望の光を灯す。」
「後方に控えて指導するーそして先頭にいるのは君たちだと信じさせる。」
「私は人種差別を嫌悪する。それは、白人からであれ黒人からであれ野蛮なことだと思うからだ。」
「何事も達成するまでは不可能に思える」
「勇敢な人とは、恐れを知らない人のことではなく、恐れを克服する人のことだ。」
「暗く厳しいと思えるときでさえも真実を求め続ける人が名声を得る。」
「自由になるとは、単に束縛から開放されることではなく、他人の自由を尊重かつ促進しながら生きるようになることだ。」
「教育は、世界を変えるために使える最も強力な武器だ。」
「刑務所に入ってみないとその国のことを本当に知ることができないといわれている。」
「ある人が、国民と国に対する義務だとその人が思うことをやり遂げたとき、その人の魂は安らかな眠りを得られる。」
http://jp.globalvoicesonline.org/2013/12/25/26603/
「成し遂げたことで私を判断するのではなく、失敗して再び立ち上がった回数で判断して欲しい。」
「私を聖人と呼ぶなら、聖人とは挑戦し続ける罪人という意味になるだろう。」
「憎しみは心を曇らす。憎しみによってあれこれ余計なことを考えてしまう。指導者には誰かを憎んでいる余裕はない。」
「人は憎しみを学べるのなら、愛を教えてもらうこともできるはずだ。なぜなら、人の心にとって愛することは憎むことよりも自然なことだから。」
「勇気ある人は平和のために許すことを恐れない。」
「報復するよりも情けをかける方が、この世界では多くのことを成し遂げられる。」
「スポーツはそれまで絶望しか存在しなかった場所に希望の光を灯す。」
「後方に控えて指導するーそして先頭にいるのは君たちだと信じさせる。」
「私は人種差別を嫌悪する。それは、白人からであれ黒人からであれ野蛮なことだと思うからだ。」
「何事も達成するまでは不可能に思える」
「勇敢な人とは、恐れを知らない人のことではなく、恐れを克服する人のことだ。」
「暗く厳しいと思えるときでさえも真実を求め続ける人が名声を得る。」
「自由になるとは、単に束縛から開放されることではなく、他人の自由を尊重かつ促進しながら生きるようになることだ。」
「教育は、世界を変えるために使える最も強力な武器だ。」
「刑務所に入ってみないとその国のことを本当に知ることができないといわれている。」
「ある人が、国民と国に対する義務だとその人が思うことをやり遂げたとき、その人の魂は安らかな眠りを得られる。」
http://jp.globalvoicesonline.org/2013/12/25/26603/
2014年2月4日火曜日
毎日 天国の聖なる食材
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| ハディース |
私は知らなかったのだが、ハディース(ムハンマドの言行録といわれている。シャリーアの体系では、コーランに次ぐ位置を占める。)には、鯨は人間が天国で最初に食する聖なる食べ物だと書かれてあるのだという。ただ、現在世界中で、鯨肉が出回っているのは日本くらいなので、ムスリムがその天国の食材を食べれるのは日本だけということになる。IICAでは、国際のイスラム食材店や飲食店に卸す予定だという。神戸モスクの前の店にも鯨肉が並ぶことになりそうだ。
世界中から鯨を食することについて、非難が浴びせられている日本だが、意外にもイスラム圏から国際会議で応援されることになるかもしないし、もしかしたら、鯨肉を食べるために来日するムスリムが出てくるかもしれない。
子供の頃、貧乏人だった我が家では、鯨肉は、牛肉や豚肉より安い最低の肉でしかなかった。よく母親が公営市場で買ってきたものだ。「えー、またクジラ?すき焼き食べたい。」「うちは貧乏やからクジラや。すき焼きはお父ちゃんの給料日だけ。」と言われてきた。(笑)だから、供給が減り高価になった鯨肉には大いなる違和感を感じているのだが、なんか「天国の聖なる食材」と言われるとおもしろいな。
世界中から鯨を食することについて、非難が浴びせられている日本だが、意外にもイスラム圏から国際会議で応援されることになるかもしないし、もしかしたら、鯨肉を食べるために来日するムスリムが出てくるかもしれない。
子供の頃、貧乏人だった我が家では、鯨肉は、牛肉や豚肉より安い最低の肉でしかなかった。よく母親が公営市場で買ってきたものだ。「えー、またクジラ?すき焼き食べたい。」「うちは貧乏やからクジラや。すき焼きはお父ちゃんの給料日だけ。」と言われてきた。(笑)だから、供給が減り高価になった鯨肉には大いなる違和感を感じているのだが、なんか「天国の聖なる食材」と言われるとおもしろいな。
2014年2月3日月曜日
朝のSHRの話
3年生の学年末考査が始まった。それは即ち3年生の授業が無くなったことを意味する。苦しかった月曜日の5時間授業が、一気に軽減された。体調が良くない私としてはありがたい。ところで、今日の朝のSHRでの話。
女子生徒が朝から掃除をしていた。「?」とよく見ると、紙の鬼の面が教卓の上に。どうやら豆まきをやったらしい。そうか、今日は節分なのだった。聞くと、男子2人が鬼になって、豆まきをしたのだとか。(笑)で、私が来る前に掃除というわけだ。生徒自身の手で勝手に楽しんで、その後始末もきちんとやっているのだ。実によろしいではないか。
昔々、20代で初めて担任した商業高校の女子クラスでは、終わりのSHRで、私が教室に入った途端、豆まきをされたもんだ。えらい目にあったが、若かったから嬉しかったものだ。50半ばともなれば、こうして私抜きで行われることが嬉しい。ちょっと淋しい気もしないではないが…。(笑)
女子生徒が朝から掃除をしていた。「?」とよく見ると、紙の鬼の面が教卓の上に。どうやら豆まきをやったらしい。そうか、今日は節分なのだった。聞くと、男子2人が鬼になって、豆まきをしたのだとか。(笑)で、私が来る前に掃除というわけだ。生徒自身の手で勝手に楽しんで、その後始末もきちんとやっているのだ。実によろしいではないか。
昔々、20代で初めて担任した商業高校の女子クラスでは、終わりのSHRで、私が教室に入った途端、豆まきをされたもんだ。えらい目にあったが、若かったから嬉しかったものだ。50半ばともなれば、こうして私抜きで行われることが嬉しい。ちょっと淋しい気もしないではないが…。(笑)
2014年2月2日日曜日
ベナンのブードゥー教の聖地
昨日ワンフェスで手に入れたIFE編集のベナンの観光ガイド、楽しく読ませてもらった。特にウィダ(Ouidah)という、コトヌーの西にある町のことが最も気になったので、エントリーしようと思う。ここは、今日のタイトルにあるように「ブードゥー教の聖地」である。ベナンは、ガーナやトーゴ以上にブードゥー教が盛んらしい。
ウィダには、「聖なる森(Forest de Sacret)」というのがあるそうだ。ブードゥーの神々がまつられている森らしい。摩訶不思議な姿の神様が何十体も並べられて、写真撮影には2000CFA(400円くらい)いるという。”天空の城ラピュタ”に出てくるような金属ロボットのような神もいると書いてあったので、探してみた。(画像参照)凄い。むちゃくちゃ面白いではないか。
また、この町は奴隷貿易が行われていた地で、3.5キロにも及ぶ「奴隷街道」があるそうだ。奴隷市場だったチャチャ広場から、忘却の木、ゾマイという奴隷が閉じ込められた場所、帰郷の木、そして、帰らずの門。…アフリカの歴史を知るためにも是非とも行ってみたい町だ。ベナン、いいよな。
ウィダには、「聖なる森(Forest de Sacret)」というのがあるそうだ。ブードゥーの神々がまつられている森らしい。摩訶不思議な姿の神様が何十体も並べられて、写真撮影には2000CFA(400円くらい)いるという。”天空の城ラピュタ”に出てくるような金属ロボットのような神もいると書いてあったので、探してみた。(画像参照)凄い。むちゃくちゃ面白いではないか。
また、この町は奴隷貿易が行われていた地で、3.5キロにも及ぶ「奴隷街道」があるそうだ。奴隷市場だったチャチャ広場から、忘却の木、ゾマイという奴隷が閉じ込められた場所、帰郷の木、そして、帰らずの門。…アフリカの歴史を知るためにも是非とも行ってみたい町だ。ベナン、いいよな。
2014年2月1日土曜日
ワンフェス 2014
| ベナン支援のIFEの方 ブログ掲載了承済 |
兵庫高校は1Fにもブースを出していた。予想通り、一昨年JICA関西の高校生セミナー(12年12月23・24日付ブログ参照)でご一緒したO先生がおられたので、挨拶。公立高校がこうしたイベントに参加していることを賞賛したのだが、このブース、3万円の出展料がかかるらしい。それにプログラムの印刷代などで+1万円。凄いな。この費用の捻出は公立高校では大変だ。聞くとパネルディスカッションは1年生が、ブースの方は2年生が担当しているらしい。
その後、2Fに上がり、ワンフェスのTシャツを購入。2Fは、様々なNGOやNPOがパンフレットやら民芸品やらを並べている楽しい空間だ。私の目はやはりアフリカ関連に向かう。ベナンのブースがあった。そこで、パンフレットをもらい、ベナンの観光案内を購入した。また1Fに降りて、UNHCRで、命のメジャーの説明を受けた。子供の栄養失調の状態を腕の太さで簡易的に調べるもので、教材に5つほど分けてもらったのだった。隣のWFPでは、最新の飢餓の世界地図を購入した。こういう国際理解教育の教材集めもワンフェスの魅力だ。ナイジェリアやスーダン、ホンジュラスのJICA研修員さんとも言葉を交わした。ホンジュラスの女性は、「英語がわからないの。」と英語で言った。近くにいたスペイン語の出来る「なんとかしなきゃプロジェクト」のスタッフによると、最近はスペイン語でも日本で研修が可能だそうだ。へえー。
| 兵庫高校のパネルディスカッション |
あえて理想論を言えば、たとえ稚拙な議論であっても、同じような多文化共生について学んでいる高校生がもっと集まって語りあえればよかったのになあと現場の教師は思うのだった。
帰路につこうとセンターを出た瞬間、なつかしい顔に出くわした。奈良教育大のG君である。「教育実習のときにまた。」と言って(1月14日付ブログ参照)別れたのだった。
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