2010年3月7日日曜日

私のプレミアム・スウィッチ


私の主治医である鍼灸師のH先生が、どうも目の疲れがひどい。メガネの度数が合ってないのではないかと、愚妻に忠告してくれたらしい。H先生の中国医学の造詣の深さに敬意を抱いている愚妻は、「メガネ買い換えようか。」と言ってくれた。で、今日買いに行ってきた。やはり、老眼が2段階進んでいた。さすがH先生である。私のいつも買うメガネ屋は某大規模小売店の1Fにある。ついでに、これまでCANON・EFで撮ったフィルムを現像し、CDに焼きつけてもらった。
 日曜日の夕方、私は、TOKIOの鉄腕ダッシュを見ている。地理の生徒にも言っているが、ダッシュ村の実践など生きた学習教材でもあるのだ。その前に『プレミアム・スウィッチ』という短い番組がある。著名人が心安らぐ何かを紹介する番組である。プレミアムの名はモルツの提供だからだが、毎回何となく見る羽目になる。私にとってのプレミアム・スウィッチは、やはりCANON・EFである。高校時代にあこがれていた銀塩の名機である。ブルキナファソに行く際、私はカメラマン・ベストが欲しくて、探しているうち、CANONのロゴ入りのベストを見つけ、オークションで落札した。ところが、馬鹿チョンのデジカメでは恰好がつかなくなり、何気なくオークションを見ていると、このEFが後5分で落札という段階で私のPCの画面に登場したのだった。運命的な(?)出会いであった。ベストより安かったのが悲しいくらいだ。カメラのナニワで見てもらったら、状態はかなりいいとのことで、以来パリ、ブルキナファソ、北京と私とともに旅をしてきた。時折、近くに行くときも、シャッターを押す。あの、フィルムを巻き取る瞬間が、私のプレミアム・スイッチである。あの巻き取る感覚。やはりデジカメより、銀塩なのである。
 だから、写真の出来よりシャッターを押す快感のためのEFなので、ついついフィルムは長いこと放置してしまうのである。今回もあまりいい出来ではなかった…。芸術写真のつもりが、ただのスナップに見えてしまうのである。まあ、この1枚くらいはマシかなあというのが、10月に修学旅行の付き添いで行った北京動物園での1枚である。
 なんとなく、中国の秋の柔らかい日差しが感じていただければと思う。

追記:このブログを書いた後、NHKの海外ネットワークでアフリカ特集を見た。その後、このプレミアム・スウィッチを今日も見る羽目になった。アルフィーの坂崎幸之助が、なんと銀塩カメラをプレミアム・スウィッチとして紹介していた。彼のは、私のよりはるかに高価なライカだったが…

2010年3月6日土曜日

財布の中のジンバブエ・ドル


 先々週に久しぶりに新書を買った。松本仁一の「アフリカ・レポート-壊れる国、生きる人々」(08年8月第1刷)である。「高校生のためのアフリカ開発経済学テキスト」の改訂中だったこともあり、2日で読み切った。なかなかおもしろかった。松本仁一の本は、「アフリカで食べる」「アフリカで寝る」「カラシニコフ」など、読みやすくまた面白い。この新書の大きな特徴は、ジンバブエの経済崩壊と、南アの治安問題などを中心に、ガバナンスの崩壊について、平易に書かれていることと、ガバナンスの悪さに対して、民間から立ち上がるアフリカの民衆の姿に少し明るい未来を見ることである。さっそくテキストに挿入させてもらった。
 ところで、私の財布の中には、ジンバブエ・ドルが入っている。教材用にいつでも見せれるように入れているのである。(USの$1札もあるし、中国の100元札で、毛沢東、周恩来、朱徳、劉少奇の肖像が4人勢ぞろいの札もある。)昨年秋までは、私が行った時の500ドルと、裏がかなり手抜き印刷された5000ドルだったが、オークションで、世界最高額の100000000000000ドルの札も手に入れた。
 生徒にジンバブエのハイパーインフレを説明するのに、重宝している。最近のアフリカ諸国への論調は、ガバナンスの悪さへの批判が多い。その最たる国がジンバブエなのである。私は、ジンバブエの首都ハラレの公園で生徒の質問を持ってリサーチしたことがある。さすがに政治向きのことは文章にしなかったが、ロボラ(男性が女性の親に婚資を支払う結婚システム)について、アンケート調査をしたりしていた。ショナ人の人々はフレンドリーで、私は大好きである。私が行った頃は、白人農園が次々と逃げ出していた頃で、バスで隣になったマラウイ人と広大な荒れ地になった農園を見ながら、そんな話をしていたのを思い出す。
 ハラレの公園で、子供の物乞いに出会った。彼らは、黙って手を出す。親が裏で操っているのもわかる。お菓子をあげたが、手を引っ込めない。他に同じような子供もいないので、そっとお金をあげた。にこっと笑って去って行った。途上国に無理解な人々は、こういうことをするから貧困が無くならないなどと「永遠の相の下に」論評するが、これが彼らの仕事なのである。日本的スタンダードをアフリカに押しつけてはならない。富める者から資を得るのは、アフリカのスタンダードなのである。彼らは、結局ジンバブエの崩壊の中、どうしたのだろうか。南アまで行って難民となる術もないはずだ。来年度もこんな話を生徒にしようと思う。

2010年3月5日金曜日

私の知っている本校ALT列伝


 昨日は、卒業式で、ALTの写真をブログで紹介した。そこに写っていなかった1人が、今日の写真でコーヒーを持っているT先生である。<ブログに写真を載せることにOKをもらった>せっかくなので、昨日の続編としてALTの話を今日は書こうと思う。T先生は、日本語がペラペラだと言っていい。彼がALTとして日本に来た最大の理由は、「囲碁」である。彼によると「五段」だという。私も囲碁は前任校で少し教えてもらった経験があるが、せいぜい7級?くらいだと思う。最近は全然やっていない。当然、九目置いても勝てる見込みもないし、彼も打ってもおもしろくもないだろうから、対戦を拒否している。だが、T先生の囲碁の話に会わせることはできる。で、かなりの仲良しである。本校のALTは、真面目で優秀な人が多い。T先生も優秀なのだが、他のALTとは少し違う。他のALTは、時間が空いたときなど、日本語検定の勉強をしていることが多い。近くいる私にも時々質問が飛んでくる。だが、T先生は、ひたすら囲碁の死活を真剣な目つきで考えている。(笑)先日「中国に行って打ってきた。」と言っていた。私の知っているALTの中でも変わり種の1人である。1月のブログで紹介したオーストラリアからの留学生への特別講義にも興味を示してくれて、通訳を買って出てくれたこともある。どちらかというと、本校での」ALT生活を楽しんでいる感じである。
 私が本校に赴任してきた時もたまたま今の席だった。隣にいたのは、D先生というイングランド人だった。ちょうどサッカーの日韓W杯の時で、D先生はイングランドのユニフォーム姿でW杯中を過ごしていた。その彼が、漢字の読みを勉強していて、「血管」の読み方と意味を聞いてきた。「けっかん。ブラッド・パイプのことやね。」と言うと大笑いした。「ブラッド・パイプ!なるほど!WAHAHAHA」以来仲良しになった。彼とP先生とみんなでカラオケに行き、クイーンの「ボヘミアン・ラプソディ」を熱唱したこともある。あの早口の部分は彼らが歌った。「なかなか英語うまいな。」と言ったら、謙遜していた。(笑)
 カラオケと言えば、L先生という、これもイングランド人のALTがいた。彼とは前任の工業高校に来ていたことがあり、顔見知りだった。本校に赴任したら彼がいたわけだ。彼も愛煙家なので、今は無きスモーキング・ルームでよく話をした。夏のある日、彼はこんなことを言った。(もちろん英語だが…)「私は、日本も君も好きだが、1つだけゆるせないことがある。それは、君らが夏、アイスコーヒー(缶)を飲むことだ。コーヒーはホットでなければならない。どこを探しても缶のホットコーヒーがない!」「そんなもん、この暑いのに誰が飲むねん。」と言ったら、「君たちは野蛮だ。」と言って喧嘩になった。(笑)彼が帰国する時、前任校の英語の先生とともに彼のワイフとカラオケに行った。私がビートルズを歌うと、「ゆるせない。ビートルズは、真のロックバンドではない。」と言ったので、「サティスファクション」を歌ったら、「そうだ、ローリングストーンズこそ真のロッカーだ!」と言ってマイクを奪って熱唱したのであった。なかなかウルサイ奴だった。でもイングランド人らしい奴でもある。(笑)
 今まで、いろんなALTと出会った。仲良しの面白いALTがたくさんいた。また機会があれば、ALT列伝Ⅱを書こうかなと思う。

2010年3月4日木曜日

卒業式の日に三島由紀夫


 卒業式である。会場の写真もブログ用に撮ったのだが、掲載するのが憚れたので、終了後職員室の私の隣席に陣取るALT(ネイティブスピーカーの教員)の記念写真にした。アイルランド人のO先生、USミネソタ州出身のS先生、以前本校に勤めていて今日わざわざ来てくれたジャマイカ人のS先生、それにイングランド人のL先生である。もう一人手前にUSミネソタ州出身のT先生もいるのだが、ここには映っていない。彼らが、仰げば尊しを起立して神妙に聞き入っている姿も、本校の卒業式ならではである。卒業式の後、卒業生がひっきりなしに職員室にやってくる。いっしょに写真を撮ったり、アルバムに贈る言葉を書きいれたり…。毎年の恒例行事である。小規模校なので、非常にアット・ホームである。私は、アルバムに書き入れる言葉を予め決めている。それは、私の師の言葉である。
 『理想に生きることをやめた時青春は終わる。』…この一節を胸に私は教師をやってきた。ところで、今読んでいる本の中の1冊に、「三島由紀夫と楯の会事件」(保坂正康/角川文庫)がある。この本は、熱烈な三島ファンの愚妻が「すごくいいから読みなさい!」と半ば強制的に私に渡した本である。経過はともあれ面白い。この本の中にこんな記述がある。『英霊の声』という本のあとがきに書かれている部分である。
 「私の癒しがたい観念のなかでは、老年は永遠に醜く、青年は永遠に美しい。老年の智恵は永遠に迷蒙であり、青年の行動は永遠に透徹してゐる。だから、生きてゐればゐるほど悪くなるのであり、人生はつまり真逆様の頽落である。」
 ものすごく三島くさい論旨であるが、不思議に納得できるところもあるのである。私はまだ理想に生きているつもりではあるが、51、いやもうすぐ52という齢を重ねてきた。時折「透徹」した行動に陰りが見えてきたように自省することがある。この『理想に生きることをやめた時青春は終わる。』という贈る言葉を書くことが恥ずかしくなる時がいつしかくるのかもしれないと、帰路の電車の中でふと思った。
 教師が成長することが、生徒を成長させると私は思う。教師は最大の教育環境だと私は思う。定年を迎えるその日まで、この言葉を書くにふさわしい教師であらねばと自分をふるいたたせた今日の卒業式であった。

2010年3月3日水曜日

アフリカ開発経済学テキストⅢ


 3日連続で、テキストの話です。スミマセン。貧困の章の次に、4.「近代国家論」をもってきました。①サブサハラアフリカは資本主義の発展を経ていないこと②個人主義を基盤とした民主主義社会を確立していないこと③民族が多様で、しかも小さすぎるので国民国家足り得ていないことを、簡潔に論じます。
5.アフリカの経済・政治・文化を知るためのキーワードの(1)は前回同様の「アフリカを知るための隠れたキーワード」です。4の近代国家論を補完する形で論じます。①エスニック・グループと国境線②人口密度と土地の話③ポレポレとハクナマタタ(情の経済)④農村と都市⑤伝統的結婚システム-ロボラとマライカ-と続きます。
(2)は「アフリカの農業を分析する」と題しました。今回の改訂で最も力を入れた箇所です。①アフリカの農業はモノカルチャーのプランテーション農業?と題し、その幻想を破すことから始めます。サブサハラアフリカの国々の輸出総額に占める農産物の割合と、主な輸出作物の輸出総額に占める割合と農業生産に占める割合、輸出額を1つの表にまとめてみました。さらに、コーヒーの原産地で、輸出総額に占める農産物の割合が比較的高いエチオピアを例にとって、エクセルでグラフを作り整理してみました。エチオピアの輸出総額に占める農産物の割合は91%。輸出総額に占めるコーヒーの割合は、そのうち65%。さらに農業生産額でみると11%にすぎないことが一目瞭然になります。さらに、エチオピアの可耕地面積に占める割合は2.4%にすぎないことも教えます。これらの資料の考察から、次の項②サブサハラアフリカの農業は内向きの食糧生産が主の農業であることにつなげます。この項では、アフリカの主食/ソルガム・メイズ・ミレット・キャッサバなどの知識を確認したうえで1人あたりの食糧生産を表にしてみました。この表から、南アフリカ以外は食糧輸入国であることがわかります。また、アジアやヨーロッパなどと土地生産性の大陸別比較を行い、人口支持力の低さを論じます。前回も使ったWorld Mapperの穀物の輸出・輸入の地図を見比べます。いかにアフリカが穀物を輸入しているかがわかります。次の項③「緑の革命」とサブサハラアフリカのエコ農業では、アジアの開発経済学との対比をしながら、サブサハラアフリカの農業のまとめをしていきます。
(3)は鉱工業です。①鉱業は簡単にふれる程度に収めました。②工業については、雇用創造力が劣っている装置工業が主力であることを論じます。要するに、サブサハラアフリカの工業は、市場も小さいので、ビールやコーラといった雇用が少なく機械装置が主に生産するような工業しか発展していないことを示すのです。
(4)のアフリカの農業から工業を読み解くの項では、これらをチャートの図式にしました。安くて豊富な労働力を獲得できていない、言い方を変えれば、先進国やアジアの新興工業国のように、農業の生産性の向上から経済学史でいう「自由な賃金労働者」が表れず、生産性の低い農村から、情の経済で都市に出てくる人々は、その主力が装置工業ゆえに雇用されず、インフォーマルセクターに流れ、やがて村に帰っていくことを繰り返していることを説きます。これが、今のサブサハラアフリカの実態なのです。…今日はここまでにします。明日は、卒業式です。明日は、テキストの話を止めて、卒業式のことを書くことになると思います。

追記:今日、愚息が中国の雲南省に2週間の予定で旅立ちました。好きな旅を続けている愚息を見ると、やはり羨ましい限りです。アフリカには、留魂し、二度と行けないだろうと覚悟を決めた私ですが、嗚呼!もう一度赤い土を踏みたいと思ってしまうのでした。

2010年3月2日火曜日

アフリカ開発経済学テキストⅡ


 今日も脱稿したテキストのことを書こうと思います。詩を入れたことに続いて、構成を若干変えました。単元1は、「イントロダクション/ESDと国際理解教育/開発経済学とは何か?」これは前回と同じです。単元2で、「アフリカ開発経済学の基礎/経済成長と資本の蓄積」と題して、平易に書き直しました。開発経済学の法則をまず示します。ここでのまとめは、以下のようになっています。
 経済の成長のためには、生産性の向上が必要である。そのためには、資本の蓄積が必要である。サブサハラアフリカの諸国は、これがうまくいっていない。だからこそ長らく経済成長しなかったのである。なお、かなり単純に言ってしまえば、『経済はマグロである』経済成長が止まれば死んでしまう。サブサハラアフリカの途上国の多くが低成長だった故に、今にも死にそうな状態が続いた。まだまだ低成長が続いているといってよいだろう。…なんとなく結論として歯切れが悪いのは、ここ数年サブサハラアフリカの経済成長率が格段に上がっているからです。最新のデータやグラフも挿入して論じると、こう書かざるを得ません。
 単元3「貧困と何か?」には、またI氏の詩を挿入しました。『ブルキナファソの暑い夜』という詩です。この詩は、バナナ売りの少女の詩よりさらに長く、私は涙なしには書けません。このブログのリンク先の『ブルキナファソ竹の子の家』の「竹の子の家OPEN」のページを開くと見ることができます。是非読んでみてください。
 この詩を読んで貧困とは何かを共に考えた後、アマルティア=センの「貧困」を語ります。センの「貧困とは所得水準だけで決定されるものではなく、個人がそれぞれの目的を達成するために自己の潜在能力を生かす機会を奪われる状態」という定義を説明し、この考えが、HDI(人間開発指数)やMDGs(ミレニアム開発目標)に与えた影響を説きます。MDGsは、ジェフリーサックスが主に策定したものなので、詳細は後に譲るとして、次にこの単元では、HDIを詳しく見ていきます。各国の貧困の度合いは、現在このHDIが主流です。1人あたりのGDPと乳幼児死亡率などの保健衛生の達成度、識字率などの教育の達成度が加味されています。センの言う潜在能力を生かす機会を奪うものが加味されているのです。さらに、「人間の安全保障」について説明します。恐怖と欠乏からの自由という概念と現実を語ります。前回のV2.24では、センの「貧困」は、後で学びましたが、ここ2年の授業実践から、先に学ぶ方が効果的だと判断した次第です。これによって、国際理解教育でも開発経済学でも重要な概念である、HDIも人間の安全保障も有機的に学習できると思います。今日は、ここまでにします。

2010年3月1日月曜日

アフリカ開発経済学テキストⅠ


 本日「高校生のためのアフリカ開発経済学テキストV3.01」脱稿しました。全52ページ。昨夏に国際理解教育学会で発表したものと何点か改良したところがあります。まず、「詩」をイントロダクションで挿入したことです。ブルキナ在住のI氏に了解をいただき、まず「バナナ売りの少女」という詩をもとに生徒とアフリカを考えたいと思ったのです。

 西アフリカのブルキナファソ 
 毎日走るガーナへの道端に
 小さな弟を背負って 重そうに頭にたくさんのバナナを載せて
 毎日少女は立っている 一日中立ち尽くしているのだろうか
 初めはただ通りすぎるだけで気にも留めずにいた

 ある日少女に声をかけてバナナを買った 100フラン(約20円)で3本
 少女ははにかんだ仕草でにっこりと笑っていた
 私が学校へ言っているのと問いかけると 何も言わずほほえみがとだえた
 そのとき ふと、悪いことを聞いてしまったと思った
 
 それから毎日すれ違うたびにバナナを買う 
 少女のうれしそうな笑顔を見ると心が和む
 100フランを渡すと4本渡してくれる 
 そんなに利益は無いのにと思いながらバナナをかじる
 
 ある日少女はいない どうしたのだろう 色々な憶測が私の頭をよぎった

 約一週間少女はいつものように立っていた 
 道はまっすくなので遠くからでも見える
 良く見ると いつも一緒の弟がいない 弟はどうしたのと聞くと
 少女は微笑みが途絶えると同時に 目から大粒の涙があふれてきた
 ふと事情は聞くまいと思った

 あくる日また少女は立っていた 頭の上にたくさんのバナナを載せて
 私は黙って100フランを渡すと 
 いつものように はにかんだ仕草で微笑みながらバナナをくれた

 私は、このI氏とガーナに続くまっすぐな道<今回の写真はその道です>で、詩にあるような女の子や男の子に何度も会い、ゆで卵や地図や、ティッシュを買いました。その情景が浮かびます。
 涙なしでは、私は読めません。授業の時は生徒に読んでもらおうと思っています。
 読んだあとの設問です。気づいたことを書いてみよう。作者はどんな人か、考えてみよう。…今日は、ここまでにします。