![]() |
| https://www.oshinaka.com/1271.html |
震災時の風速は南向きあるいは南東方向で、低気圧の影響を受け、風速10mから15mという激しいものであった。正午寸前の時刻だったので、各家庭のカマド、七輪で火を起こし昼食準備の時間であったこと、飲食店でも最盛期であったので、たちまち火災が起こった。さらに最大の発火原因となったのが、薬品だったことである。学校、試験所、研究所、製造所、工場、医院、薬局にあった薬品類が、棚から落下して発火した。特に学校からの出火が最も多く、東京高等工業学校や東京帝国大学の工学部や医学部、薬学など多くの場所で出火した。地震発生と同時に東京市内の15区全てで火災が発生した。強風にあおられ、最も速度が早い火系は毎時800m以上の速さであった。日没時から11時頃まで、風速も26~7mにも及び、被害が拡大した。鎮火までには42時間かかったとされる。
この火災による死者も多いのだが、最も悲惨だったのは、陸軍省の本所被服廠跡(画像参照)で、運動公園になっており、絶好の避難場所と思われた。しかし火災が四方から押し寄せ、また大旋風が起こり38000名もの死者を出したのである。



0 件のコメント:
コメントを投稿