2026年7月14日火曜日

地図で読むアメリカ13

https://us-ranking.jpn.org/SF1P0040003PerP.html
「地図で読むアメリカ」(J・M・Vardaman著/森本豊富訳/朝日新書)の書評、第13回目。第9章は、サウスウェスト地域。先住民・メキシカン・アジア系が織りなすタペストリーという副題。ロスやサンディエゴのCAの南部沿岸からアリゾナ州(AZ)とニューメキシコ州(NM)TXの南部でヒューストンまで、といったメキシコ国境沿いの地域である。

2010年の国勢調査では、ヒスパニックは全米平均では16.3%だが、このサウスウェスト地域では、50%を超える州もある。(画像参照)不法移民がついている仕事の大半は、不衛生・重労働・低賃金・長時間労働といった条件の悪いもので多くは季節労働である。不法移民も地方経済に利益をもたらす税金を払っているが、社会福祉を申請すると通報されるし、医者にかかることも少ない。ただ、アメリカで生まれた子どもはアメリカ市民であるので、公立学校に通う権利がある。CAの農業は野菜の1/3、果物やナッツの2/3を生産しているが彼らなしでは立ち行かない。

サウスウェストは、スペイン語が多く、またその方言も多様で、ロスやNMのアルバカーキでは方言が混合したスペイン語が創出されている。本書では、ここでアメリカの歴史的言語状況について記されている。ピグリム・ファーザーズはオランダに立ち寄っており、オランダ語話者もいた。1794年米下院で英語の「国語」法案は否決された。PAの人口の1/4はドイツ移民だったので、ドイツ語、あるいはギリシア語・ヘブライ語を「国語」として推す動きもあった。LAの公立学校では、英仏両語の使用が認められた。1840年代には、東欧・南欧からの移民が増大し、それぞれのエスニック・グループによるカトリック教区学校で独自の言語も教えられた。この教区学校で特に多かったのはドイツ語で、シンシナティやインディアナポリスでは特に多かった。

19世紀末になってくると英語以外の言語の使用を制限する動きが出てきた。CT、MA、RIでは州議会で英語以外の使用を禁止し、WIでは、8歳から14歳までの子どもの読み書き、算数、米国史を教える際は英語とする法案が通過した。英語以外の言語に対する風当たりは、1910年代のWWⅠ勃発後の米化運動により強くなり、特にドイツ語の使用が制限された。

…ロスの空港の荷物運びや売店のスタッフはほとんどがヒスパニックだった。NVのラスベガスのカジノのスタッフもヒスパニック。NHKの特集で見たAZ・R66の有名な街・セリグマンの床屋さんも、会ってみたらヒスパニック。おそらくCAのサンディエゴで朝、清掃作業していた人々もヒスパニックに間違いないと思う。

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