2024年2月22日木曜日

ドイツ語というハードル

https://gardenjournalism.com/report/aport-mirainoinochi/
「平和村で働いたードイツで出会った世界の子供たち」に執筆している3人のボランティアさんが、平和村に行くにあたって、最も高いハードルとなったのは、ドイツ語である。スタッフは当然、アンゴラやアフガニスタンから来た子供たちも平和村での共通語はドイツ語である。子供たちは自然と身につけていくらしい。日常会話程度のドイツ語習得にあたっては、三人三様ながら、苦労されている。

看護師の溝渕さんは、障害者施設で昔ドイツに滞在していた脳性麻痺の患者さんとの対話でドイツに興味を持ち、ウルルン滞在記を見てさらにその想いは深まったが、看護師と保健師の資格を取ったりして多忙な時期をすごしていたため平和村のことは忘れていたそうだ。勤めていた病院のある患者さんに、心の深層を見抜かれた上、背中を押され決心したそうだ。平和村との出会いから8年後のこと。とりあえず、ドイツに渡りドイツ語の勉強に励んだが、留学ビザが切れ帰国。日本のドイツ語教室に学びながら、そこで知った平和村の応募で採用された。それが15年後のことだという。

ウルルン滞在記経由でない少数派の、学生だった川村さんはネットで平和村を知った。ドイツ語専攻だった彼は、メールで採用されたものの、電話での会話でつまずく。もう一度、一からドイツ語を猛勉強したそうだ。

作業療法士の勝田さんは、高三の時ウルルン滞在記を見た。衝撃を受けたが、大学に進み作業療法士の資格を取り、さらに大学院でアスリートのリハビリを研究していた。たまたまた何度目かのウルルン滞在記を見て、平和村でリハビリをしてみたいと思ったそうだ。ワーキングホリデーで、平和村に近い町にあるドイツ語学校を選び、ホームステイしながら、週一で平和村のホランティアをしたという。帰国して3か月後、やっとリハビリの職員募集があり、採用されたとのこと。

…私は語学がそもそも苦手である。大学の第二外国語は一応ドイツ語だが、最初の定冠詞で躓いた。男性名詞、中性名詞、女性名詞にそれぞれ格があり、der das dem dieなどと覚えるのが、極めて苦痛だった。ドイツ語をやってわかったことは、まだ英語のほうがはるかに単純明解だということだけだ。今更ながら、よく単位が取れたものだと思う。(笑)

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