昨日は、日本史の中間考査を朝7時から作成していた。さらに生徒用の中間考査対策プリントを日本史・世界史とつくり、さらに3年生の現代社会演習のプリントをつくっていたら、夜10時になった。「ワンピース」の視聴と鍼治療と「八重の桜」の視聴以外は、ほぼPCに向かっていたわけだ。と、いうわけで昨日のエントリーはさすがに出来なかった次第。
ところで「八重の桜」は、今や同志社英学校の草創期の話になっている。アメリカからの資金援助が廃校の危機を生むし、一方では牧師育成が少ないとアメリカ側からも指摘されるしで、新島襄の校長の資質を問われる大変な状況だったわけだ。教員側の要請で牧師養成のクラスをつくることになるのだが、教室確保のために習熟度別の授業を一括しなければならない。学生は大きく反発し、ストライキを決行する。
まさに踏んだり蹴ったりなのだが、新島襄は、ストライキを打った学生の罰は自分が受ける、全て自分の責任であると、自ら左手を木で痛打するのだ。何度も何度も…。この行動に、学生も教員も、新島襄の校長としての人間的深さを認めざるを得なくなるという話だった。
教師のはしくれとして、新島襄の行為を私は感動をもって見ていた。そうなのだ。教え子のためには、何があろうと決して逃げてはいけない。すべてを自分の責任だと思いきることこそ教師の人間力なのだと思う。現代の教育界から見て、自らの手を痛打することは奇であるが、当時では決して奇をてらったものではないだろう。私はそう思う。
さて、新島襄に比べれば、はるかに小さな話だが、金曜日、私は「紙パック」をトートバッグに入れて枚方の自宅まで持って帰ってきた。本校のある大阪市では、10月からゴミの収集に大きな変更があり、再生紙と、一般ゴミ(再生不可能な紙類など)しか、ゴミ収集車が回収してくれなくなったのだ。ペットボトルも紙パックも一切持って帰ってくれないのだという。本校では、その話が9月の職員会議で急に出てきた。文化祭でもゴミの件では大騒ぎだった。生徒に聞くと、紙パックの飲料は、ペットボトルよりかなり安価なのだという。「飲むな」とも、「買ったコンビニに捨ててこい」とも言えないまま、とりあえず教室でまとめていたのだが、結局私が責任をとって持って帰ったのだった。
今朝のSHRで、枚方へ持って帰ったというと、教室はシーンと静まった。「だから、これからは紙パックやペットボトルの処理はたのむなあ。」と言ったのだ。ちょっとだけ「新島襄」をしたわけだ。
2013年10月7日月曜日
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