2025年3月31日月曜日

令和の百姓一揆

https://www.tokyo-np.co.jp/article_photo/list?article_id=395279&pid=1941393
日本の政治の腐敗も中国ほどではないにしろ、SNSの進歩でかなり明らかになってきた。財務省解体デモに続いて、昨日は「令和の百姓一揆」が全国規模で行われた。トラクターでデモするというのは、ドイツなどで例があるが日本では初めてだろうと思う。

日本の農業を農水省は潰そうと考えているフシがある。農業従事者の高齢化も進み、平均年齢が私くらいだという。米の価格が、買い占めで異常に値上がりし、日本の新米は中国に流れたたらしいという話もSNSで拡散している。食の安全保障は、実に重要な課題である。日本の食料自給率を農水省はその指標ベースをごまかしてしいる。米はかなり自給率が高いのだが、このありさまである。農林省は誰のために働いているのだろうのか。

今回の「百姓一揆」というネーミングから、いかに時代錯誤な政策を農林省とこれに関係する国会議員がおこなっているかをイメージできるし、農業従事者が怒りが尋常でないかがわかる。安心して後継者を育て、食の安全保障を確立すべきというのは大正論である。

明日から、言論統制が行われるという情報もSNSで流れている。憲法違反も甚だしいのだが、この際、年度末に駆け込みで記しておきたい。マイナンバーカードで国民を管理しW接種を強制しようという動き、移民や外国人に日本国民以上に手厚すぎる社会保障や医療(媚中外相の選挙区では支持する医師会が外国人医療の利権にからんでいるとの情報あり)の動き、様々な新税中でも通勤費にまで課税(そもそも賃金を上げ、消費需要を拡大しようとするのが経済の原則であるのに逆方向である。)しようとする馬鹿げた政治にうんざりである。

大阪万博の様々な問題がさらに噴出して、YouTubeで批判のチャンネルが大増殖している。熱中症対策もメタンガス対策もいいかげんで、休憩所も莫大な費用をかけて石が頭上にあったり、子どもたちが食事を摂る場所では空調もない。しかも雨天でも傘は持ち込み禁止とか。安全対策や入場者への配慮は、無茶苦茶である。誰が仕切っているのか。日本の緻密な計画性、おもてなしの心を主体としたイベントのスタンスは、どこにいったのか。Made in Japanのイベントとは思えない。

建設の遅れは入札が少なく中小の建設会社(日本の建設業者の仕事だから、先日のミャンマー地震で1000km離れたタイの中国国営企業の施工中のビル倒壊のように、鉄筋が細いことはないだろうが…。)受注した故だとか。賃金の高騰できっと赤字だ。まさにくたびれ損。チケット購入時には、様々な個人情報の入力が必要で、この情報は外国(間違いなく中国であると確信する。)にも提供されると小さく明記されているらしい。個人的な医療情報も抜かれるパビリオンもあるらしい。ウィグルで行われているような人権無視の臓器提供に使われるのだろうか。中身がなく未完成のイラストが載った3000円以上するガイドブックと、万泊情報は散々である。利権と腐敗と中抜きの無責任万博に誰が行くものか。

極めつけは、維新の会は、万博跡地を中国系企業に売り渡すらしい。どれだけカネをもらい、ハニトラされているのかは知らないが、媚中政治家は今すぐ退場してほしい。もちろん万博の赤字を自らの責任で補填し、大阪府民・市民ならびに全国民に一銭たりとも負担させないようにしなければならない。こも大正論である。

経済で読み解く中世史5

https://yamatake19.exblog.jp/15308196/
経済で読み解く世界史」(宇山卓栄著/扶桑社新書)の書評第8回目。今回は、元朝・明朝の銀によるグローバル化について。

遊牧民のモンゴル人は徴税・通商などの経済財政政策に疎く、滅ぼしたトルコ系ホラズムのムスリム商人であったマフムード・ヤラワチを財務官に登用した。彼は、それまで諸国家が乱立し通行税関税が複雑であったシルクロード交易の仕組みを一掃し、最終売却地で価格の30分の1の売却税のみに改めた。しかも、銀納に一本化しモンゴルを銀本位制に転換した。駅伝制でシルクロードの安全性を確保したのも大きく、交易は大いに発展した。

ヤラワチは、華北支配においても耶律楚材とともに、宋代の紙幣の有効性を見出し、銀本位制のもとで、フビライの元朝で「交鈔」(銅銭との交換単位はあるが、銅銭に対しては不換紙幣/画像参照)という通貨政策を実施した。この「交鈔」にはマルコ・ポーロもイブン・バトゥータも驚いている。しかしながら、結局紙幣増刷の誘惑に勝てず、「交鈔」の濫発で経済混乱をおこし、不作と飢饉も相まって朱元璋(=洪武帝)により滅亡する。

明朝では、統制経済が行われ、綿織物や絹織物の手工業だけでなく、農業、海外交易も朝廷が統制していたのだが、中期になると洪武帝の穀物生産中心の農本主義の原則が崩れ、貨幣経済で有利な商品作物の栽培に移行、特に養蚕のための桑畑が増え、民衆は飢えていったが、汚職官僚らの蓄財が蔓延していく。一方で、鄭和の大遠征は謎が多い。遠征の理由も交易の停止も謎のままで、その100年後に大航海時代が始まる。メキシコ銀や日本の石見銀山の銀が明に密貿易者の手で流入し、明も一条鞭法で銀納一括の税制となったが、宗や元同様に「宝鈔」という紙幣を禁じ手の大量増刷してしまい滅亡するのである。

…元朝と明朝の共通点は、銀本位によるグローバル化と「交鈔」・「宝鈔」という紙幣増刷で滅亡したということである。中国の歴史をみると、結局官僚が、自己保身と私利私欲のため同じ過ちを繰り返しているといえる。現代中国には科挙がないが、科挙を乗り越えた優秀でもない中国共産党による腐敗政治が続いている。この腐敗状況に民衆は苦しめられつつ、したたかに法の抜け道を探し生き延びるという構造があるわけで、なんともやりきれないエゴイズムの連鎖の歴史を背負っている、といえるのではないか。

2025年3月30日日曜日

経済で読み解く中世史4

https://www.sohu.com/a/450634501_390792
経済で読み解く世界史」(宇山卓栄著/扶桑社新書)の書評第7回目は、宋時代の形勢戸と兌換紙幣の話を中心に記していきたい。

唐の時代はマーケットに参入することも、陶磁器製造、養蚕・織物業、製鉄、製塩なども政府の管理体制化におかれていた。しかし唐の体制が崩れると、庶民出身の新たな富裕層(=形勢戸:形勢は成り上がりの意)が、農業も含めて台頭する。特に江南地方では、農機具の改良や灌漑、品種改良や水田以外での野菜栽培などが行われ、形勢戸による食料供給が増大し人口も増加した。宋王朝は形勢戸を支持基盤として成立したので、経済優先の文治主義となる。この文治主義(画像参照)は受験の世界史でも鉄板の内容。

首都の開封は大運河と黄河の交差する地点にあり物流のネットワークの中心となった。しかも、この時代に貨幣経済が大いに発展する。北宋では多くの地域で銅銭、四川や陝西では鉄銭が流通したのだが、重く持ち運びに難儀したので、交子鋪(こうしほ)と呼ばれる両替商が設立され、交子という預り証を発行するようになったのである。四川で銅銭の準備高不足で不払いが起こったのをきっかけに、民間から朝廷の専売ビジネスに変化した。すなわち交子は、世界初の兌換紙幣と化したのである。宋王朝は、銅銭・鉄銭の兌換準備を36万貫、交子発行限度をを125万貫とし、著しい経済発展の中、銅銭・鉄銭の鋳造が追いつかなかったが、マネーサプライを増大させたのである。

宋王朝は異民族の侵入を阻止するため、北方のモンゴル人や西方のチベットに巨額の貢納をしていたが、次第に窮し始める。貢納にあてる財源を確保するため交子発行限度が破られ濫発、12世紀初頭には2600万貫にまでなり、信用を失い価値が暴落、市場では信用不安からハイパーインフレーションに陥った。

結局、宋は貢納を止められた北方の女真族によって、華北・首都を奪われたのである。宋は信用貨幣を用いて経済発展を遂げたが、信用を失い、その副作用で滅んだ感がある。

…銅銭・鉄銭の重量問題が兌換紙幣の起源であるとは、実に興味深い。信用創造のシステムも生まれていたのであろう。でないと、マネーサプライがあんなに拡大はしないと思われる。いずれにせよ、兌換紙幣を国家そのものが発行すると失敗する。私はスウェーデンがその最初の例だと思っていたが、そう(=宋)だったか。(2日連続のお粗末である。)

2025年3月29日土曜日

カップヌードルの”ラクサ”

カップヌードルの新製品で”シンガポール・ラクサ”があることを知った。ラクサとは、マレーシアでよく食べていたココナッツミルクと刺激の強い香辛料入りの汁麺である。とはいっても、地域によって異なる。妻は、マラッカで食べたニョニャ・ラクサが一番だという。私はペナンのラクサも良いと思う。マレーシアのスーパーでもインスタント袋麺でラクサを売っていた。というわけで、今日、京田辺のスーパーでついに発見したので食してみた。

私は濃いスープの汁麺が好み(天下一品のファン)なので、ココナッツミルクのスープをうまくアレンジしていて、たしかにラクサだと思う。麺はまさにカップヌードルの伝統的な麺だが、十分に美味しかった。ただ、シンガポール風(物価の高いシンガポールには3年半マレーシアに滞在したがついに行かなかった。)なので、マレーシアの各地のラクサとはだいぶ違う。ラクサはそういう地域間の落差がある。ラクサだけに…。(お粗末)

ベッツ復活のサヨナラHR

https://www.chunichi.co.jp/article/1045493?rct=baseball
ドジャーズは本当に強い。今日の主役はベッツ選手。ソロとサヨナラHRの大復活。フリーマン選手もも同点2ランである。大谷選手は延長10回のベッツにつなげるヒット1本だった。とはいえ4試合連続安打なのでフツーに凄いのだが…。山本投手は先発でソロHRを2本打たれたてしまい、結局勝利投手にはなれなかった。これは残念。しかし、10三振を奪う好投だった。2塁手のエドマンの、ここぞの攻守も光った。

毎試合、MVPトリオを中心に、主役が交代しながら勝っていく。チーム力が半端ないといえるだろう。これまで、ノロウィルスで苦しんだベッツ選手が活躍したことが何よりも嬉しい。

2025年3月28日金曜日

MLB 本国開幕戦 2号HR

https://topics.smt.docomo.ne.jp/article/baseballchannel/sports/baseballchannel-208381
大谷選手が、シカゴ・ホワイトソックスとの本国開幕戦で、2号HRをかっ飛ばした。(画像参照:金色のロゴがクールだ。)心配されていたベッツ選手も開幕に間に合った。エドマン選手もT・ヘルナンデス選手もHRを打って、5対4で勝ったのだった。これで三連勝。

ところで、ベッツ選手はロスの日本料理店で、生モノにあたった、というかアレルギー反応で苦しんでいたらしい。日本に行く前から体調不良だったからで、ご本人は心当たりの料理や店があるらしいが、あえて何も言っていない。奥様がロスの日本料理店ではないかと疑念を表したに過ぎない。このあたりの発言が、スターたる所以で、大谷選手も同様、発言にはたいそう気を使っている。なんでもかんでも言いたいことを言えばいいというものではない。隣国メディアの報道に、ドジャーズのいろんな選手が頭にきているようだが、これまた大人の発言に終止している。MLBの矜持とでも言うべきか。

追記:イチロー氏がマリナーズの開幕戦の始球式に往年のユニフォーム姿で135kmの投球をしたそうだ。51歳。やはり凄いなと思う。

2025年3月27日木曜日

経済で読み解く中世史3

https://www.sohu.com/
a/710618540_121752316
「経済で読み解く世界史」(宇山卓栄著/扶桑社新書)の書評第6回は、盛唐時代の富の配分と経済成長について。

随王朝は、強力な軍閥勢力を内部に抱えたまま、運河建設や江南開発に力を入れたので、軍閥に足をすくわれ崩壊した。よって唐の李世民(太宗/画像参照)は、各地の軍閥を徹底的に武力で粉砕し、軍権を朝廷のみに集約、各地の有力者には触れさせなかった。さらに隋の均田制を引き継ぎ、民衆の土地所有を平等化、戸籍によって一元管理し、同時に地方の強力な勢力形成を防止した。

しかし、経済発展によって、貧富の差が拡大し、富を蓄えた有産階級が生まれていく一方で、インフレや重税に耐えきれず逃亡する貧農が急増、逃戸(とうこ)と呼ばれた放棄地が増え、課税が困難になった応急処置として、逃戸を売買することを認めた。これによって一部の富裕層が大地主化、地方豪族化してしまい、中央集権のコントロールが失われた。ところが、この時代は「盛唐」と呼ばれ、朝鮮半島やウィグルを制圧し、シルクロード交易で莫大な収益を得、莫大な富が基盤となり文化・芸術を振興させた。

支配階級が、土地などの生産手段を独占し多数の人間を貧困に閉じ込めるという利己的行為は、経済学的には理にかなっていると見ることができる、と著者は書いている。富の余剰を蓄積し、それを集中的に有効投資し、生産性を挙げることができるからである。富は多数の人間に均分されると余剰が生まれず、投資は規模の効率性を失うからである。

支配階級の投資効率が上がると経済成長していくが、最適値を超え、貧富の差が拡大しすぎるとと経済成長は停滞し始める。この理由は2つあって、富裕層の消費傾向は一般層に比べ低いので、消費需要が停滞すること、さらに投資効率が低下して供給過剰に陥りやすい(限界収益逓減の法則)ことである。「盛唐」は、需給バランスが崩れ、黄巣の乱などによって滅亡していったのである。

https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=70440?site=nli
…この経済成長と格差の問題は、現代においても実に重要な問題である。上記のグラフは、2022年のIMFのデータをもとに、横軸に国内経済格差、縦軸に経済成長率をおいたものである。青い曲線が投資効率を示しており、最適値はインドの近くにある。(中国の数値は全く信用できない。)南アやブラジルは需給バランスが崩れ、かなり厳しいといえる。

…現在の中国では、まさに反社勢力と化した共産党幹部の富裕層と、給与も払われない貧困層との分裂が進んでおり需給バランスがかなり崩れ、経済は生産過剰になっている。”黄巣の乱”のようなことが起こる危険水域に入っていると言ってよいだろう。