2014年2月14日金曜日

大阪も雪のバレンタインデー

大阪では、「雪が降るで、降るで。」と言われながら降らなかったのだが、ついに降った。私の自宅は山麓というほどではないが、とにかく山沿いなので、久々にかなり雪が積もっていた。
しかし雪が一番厳しかったのは、生徒の登校時間くらいだったと思う。私は、前任校で生徒指導部長だったこともあるので、雨の日だけでも校門指導を手伝うことにしている。本校は自転車通学の生徒が多いので、今日の雪の日などはなおさら人手が多いほうがいい。30分ほど傘をさして立っていたが、雪で重くなったくらいだ。

校門指導を終えて、職員室に戻ってみると、我がクラスでも自転車でこけたという生徒からの連絡が入っていた。怪我はなかったようだが、一度自宅に戻って保護者に車で送ってもらう羽目になったらしい。昼休みには、それでも女子は雪合戦をやったらしい。うちのクラスなら絶対やると思っていたが…。(笑)ちなみに男子は体育館でバスケットボールをしていたようだ。今日はなんとなく男女間に緊張がある。と、いうのも…。

今日はバレンタインデーである。男女の比率が同じくらいの本校では、なかなか盛り上がるのである。私は女子ばかりの商業高校、男子ばかりの工業高校、女子が圧倒的に多い進学校と渡り歩いてきたので、こんなに盛り上がらなかったので新鮮だ。最後のSHRで、おしゃれな紙のバッグにたくさんチョコやクッキーを入れていた女子生徒たちに「これから配るんかあ?」と聞いたら、「これは今日の戦利品でーす。」という返事。最近は女子同士で交換するんだとか。へー。男子にも今日の戦果を聞いてみた。皆、素直に教えてくれる。こういう時の生徒との距離感は近い。当然、私に「毒」であるチョコレートは回ってこない。私の糖尿病のことは、みんなよく知っている。(笑)「今日は特に気をつけて帰れよー。」と、言ってSHRを終わったのだった。

2014年2月13日木曜日

フルーツバスケットで人間学

昨日は、最後のLHRだった。生徒に自由に企画・運営するように指示した。で、前半は運動場で「探偵と泥棒」という追いかけっこを楽しんで、後半は教室で、椅子取りゲームとフルーツバスケットを楽しんだ。みんなテキパキと準備し、進行していく。フルーツバスケットは、鬼がなんらかの条件を出し、その条件を満たす者が椅子を移動しなければならないルールだ。「制服を着ている人」「ジャージの人」などの声に、わあーと移動する。「5組が大好きな人!」と鬼が言うと全員が移動した。…嬉しいな。気を使ってくれたのだろうか。次に「(私の名を呼んで、私が)担任でよかった人!」という声がかかった。同じく全員が移動して大騒ぎになった。ホント、ありがたいことだ。

さて、今朝のSHRで、来年は(団活動の)団長になりたいと言っているH君と少し話をした。「昨日は、なかなか良いリーダーシップやった。嬉しかったでえ。」「ありがとうございます。」「この1年、大きく成長したなあ。」「はい。ありがとうございます。」「団長になるということを常に意識してたなあ。」「はい。」「では、宿題。昨日のフルーツバスケットで、誰の顔を見ていた?」「気にしていたということですね。」「うん。そのとうり。終わりのSHRで答えを聞きたい。」「わかりました。」

終わりのSHRで、H君は3人の生徒の名前をあげてくれた。「正解。いいところを見てるな。実は本当の正解はないんや。」私たちの会話にO君とK君も入ってきた。いっしょに考えていたのだという。「一生懸命、皆の表情を読み取って、楽しんでくれているか、常に考えることをわかってくれれば、それでいい。リーダーの人間学やな。」「なるほど。」H君の目が輝いた。「今日1日、ずっと考えていたんすよ。」…嬉しいな。こうして人は育っていく。授業では決して教えきれない人間学だ。…私は55歳、来年度に向けて、今しかできない指導をしている。

2014年2月12日水曜日

ジャパニーズBOX プレゼン

豆腐が日本だ!5組のH1漫才コンビ
総合的な学習の時間、アメリカ学入門も最終回である。先週にプレゼンを予定していたのだが、なかなかプレゼンの方法までは決まっていないようだったので、もう一時間議論し、プレゼンは今日ということになったのだった。

最初に代表者で男気じゃんけんを行った。勝った者順に発表。最初は4組である。ゆかた。次に7・8組、剣玉。1組Bが、しょうゆ。5組は豆腐。3組はお茶。1・2組Aが扇子。というオミヤゲをそれぞれ考えた。日本の自然、日本の社会・産業、そして日本の文化。これらを熟慮してのオミヤゲ選びだったが、正直なところ、わりとストレートな結果かなと思う。

しかし生徒は、真剣に取り組んでくれたし、なかなかプレゼンもうまくやってくれた。『醤油』や『豆腐』はなかなか面白く、良いプレゼンで、皆の評価も高かった。一緒に講座を見ていただいたO先生も満足していただけたようだ。

最後に、G0(ジー・ゼロ)という話をしてアメリカ学入門を終えた。今や、世界はバクス・アメリカーナではなく、様々な勢力が跋扈している。私には、そのナショナリズムの高揚が不気味に写っているという話をした。それが現実である。もう少し、アメリカの宗教事情や内向きになった理由などを講義したかったのだが、評価をしない総合的な学習では、どうしても限界もある。世界史や政経でフォローするとするか。(笑)

2014年2月11日火曜日

途上国の旅;開発政策の物語

毎日新聞の8日の「今週の本棚」に興味深い書評が載っていた。『途上国の旅:開発政策のナラティブ』(浅沼信爾・小浜裕久著/勁草書房)の白石隆氏の書評である。以下、私なりにまとめてみた。

一部の途上国経済がキャッチアップに成功し、新興国として台頭してきた。しかし経済成長は、理論が描くように、またマクロ的にはスムースに見えても、経済のプロセスでは、生産、雇用、諸国配分、地域経済、消費構造等、すべての面で大きな構造的変化が起こっている。極めて複雑な現象であり、その国の開発戦略、経済政策はその国の発達段階に応じたものでなければならない。ある政策がある国でかつて成功したからと言って、同じ政策が別の国で上手くいくとは限らない。いろいろな国での開発の経験についてナラティブ(物語)を積み上げ、なにが上手くいき、何が上手くいかないかを学ぶほかない。これが本書の狙いである。一次産品輸出は成長のエンジンにならないという一般的な理解を覆し、パームオイルとゴムの輸出をテコに経済成長を成し遂げたマレーシア、輸出主導型工業化を進めた朴政権下の韓国、かつての世界第2位の高所得国ながら輸入代替工業化で経済衰退したアルゼンチンなどの物語が語られる。これらの物語から導かれる教訓のひとつは、経済発展が急速に進展する決定的な時期があり、その時に開発の重要課題が出てくること。もうひとつは、政治指導者はしばしば短期的に、自分と自分の支持者の政治的・経済的利益を犠牲にしなければならないこと。また有能なテクノクラートに支えられるかどうか。これによって、経済発展の首尾が大いに違ってくるのだ、という。

実は今、新しいアフリカ開発のシュミレーション教材の構想を練っている。(3学期から春休みという時期、毎年のことだが…)是非とも参考にしたいと考えているところだ。

2014年2月10日月曜日

TV東京の「秘境」アフリカを評す

http://xvwowvx.blog108.fc2.com/blog-category-8.html
TV東京で、カメルーンとザンビアの日本人女性の活躍を紹介する番組を見た。いつも思うのだけれど、民放は、アフリカに過剰な演出を行うことが多い。カメルーンの修道女の話も、ザンビアの医師の話も、それぞれ感動的な話なのだが、妙に「秘境」というコトバを連発する。

「秘境」カメルーン。「秘境」ザンビア。何度も何度も連発する。カメルーンやザンビアの、どこが「秘境」なのか。確かに彼女たちが活躍する場所は、首都ではなく地方である。「秘境」カメルーンの「僻地」?変な日本語だ。この番組の演出担当者のアフリカへの上から目線、アフリカへの悪意すら感じる。

アフリカを愛する者としては、「秘境」などというコトバを簡単に使って欲しくはない。無性にハラがたった。『世界なぜそこに日本人』という番組だ。私は二度と見ない。

2014年2月9日日曜日

カザフスタンの国名変更

http://www.namys.kz/?p=15789
今朝の毎日新聞朝刊に、カザフスタンが国名変更するらしいという記事が載っていた。要するに大統領が変更する考えを表明したらしいのだが、周囲にあふれる「~スタン」(ペルシャ語系言語で言う国の意味)をやめて、「エリ」(カザフ語で土地の意味)に付け替えるということらしい。

カザフは、中央アジアの大国なのだが、同じような「スタン」のつく国に囲まれ存在が希薄になっているのだという。たしかに、キルギスも以前は、キルギスタンだったがキルギスになった。周囲のタジキスタンやウズベキスタン、トルクメニスタンなどとの差異が、スタンのない新鮮な印象を与える。
「スタン」は英語で言う「ランド」なのだが、「スタン」のほうは中央アジアに密集しているだけに、地理が苦手な人には同じように思えるよなあ。

少し、カザフ語について調べてみた。言語学は全くの素人なのだが、カザフ語はペルシャ語系というよりは、モンゴル語系らしい。近い言語にキプチャク語群など書かれていると、キプチャク・ハーン国の歴史とオーバーラップする。凄いな。大きくはアルタイ語族なので、日本語に近いようだ。イスラム教受容の影響で、アラビア語やペルシャ語の語彙が増えたようで、「スタン」もその影響なのだろう。

現在、カザフでは、ロシア語が各民族の共通語してもよく使われていたらしく、ソ連崩壊後はカザフ語の普及に熱心に取り組んでいるようだ。うーん、ここでもナショナリズム?韓国の「東海」の話といい、日本でも世界でも、ナショナリズムの強い風が吹いているようだ。あまり歓迎すべき話ではないと私は思う。

http://mainichi.jp/select/news/20140209k0000m030025000c.html

2014年2月8日土曜日

JFK没後50年だそうで…

今TVで知ったのだが、JFK没後50周年だそうだ。TVで紹介されたワシントンDC郊外にあるアーリントン墓地のケネディの墓に私も行ったことがある。

このJFKは、最年少大統領であるとともに、WASPではない最初の大統領だ。WASPとは、白人で、アングロサクソンでプロテスタントであることを示す。ケネディ家はアイリッシュで当然カトリックある。JFKの父親は、アイリッシュとして誇りを持っていた。株で大もうけし、資産家となった。第二次世界大戦時の駐英大使である。かなりFルーズベルトに資金援助したらしい。植民地の民であったアイリッシュが駐英大使となったわけだ。当然、チャーチルのアメリカへの参戦要望を何度も蹴ったりして、大いに溜飲を下げるのだ。こういう感情的な民族意識は、そう簡単に解決できるものではないという見本のような話だ。

大戦後は、息子から大統領を出すことに執念を燃やす。長男が夭折し、次男のJFKにその使命が回るのだ。今でもケネディの人気は高い。冷戦の最も厳しい時に、キューバ危機を乗り越えたことが大きい。だが、実際にはベトナム戦争への道を開くことになる。

結局、ダラスで暗殺されるのだが、それがまた悲劇の大統領として判官贔屓になるのだろう。もし、今、マウントラッシュモアを作り直すとしたら、ワシントンとリンカーンは絶対として、ケネディとFルーズベルトが入るのではないかと思ったりする。

TVでは、ジャックリーン夫人のことも含め、かなり綺麗ごとで終わっているが、実際はいろいろなことがあったのだ。今日の画像は、大森実の人物現代史のケネディである。このシリーズは、現代史を考える上で非常に有効な名著であると私は思っている。