2017年1月7日土曜日

IBTの話(69) チェラマ

昨日は金曜日。IBTでは、金曜日の時間帯は、他のウィークデーとは異なる。午前中の休み時間が5分であるし、4限目も50分授業で昼休みが長くとられている。これは、ムスリムの男子学生が金曜礼拝のために、寮の近くのモスクまでバスで往復するからである。IBTの屋上には、男女別の礼拝所もあり、普段はそこで昼の礼拝(アスル)を行うのだが、金曜日は特別である。礼拝のための服装で学んでいる学生も多い。

ちょうどバスの車中で、「国家と対峙するイスラーム」(塩崎悠輝著・作品社/2016年6月発行)を読んでいて、クアラルンプールなど連邦直轄区のシャリーア刑法の第14条に、「男性の金曜礼拝への欠席が理由無く3週間続くこと。」というのがあることを知った。この辺の詳細については後述するとして、この本を読んで、国費の学生に聞きたいことが山ほどあった。授業の合間に質問することもよくある。まさに”学生から学”んでいるわけだ。(笑)

1つは、「チェラマ」である。チェラマというのは、マレーシアのムスリムの公共圏のひとつである。公共圏とは、ハーバーマスが言い出した世論形成のための空間である。もちろん欧米社会のそれとは一線を画しているが、マレーシアでは、1970年代以降のダァワ運動(イスラムへの回帰や社会規範として取り入れようとする運動)が起こり、ウスラ(家族)やハラカ(円座)といわれる少人数の定期的な集まりがあったり、チェラマ(法話)とよばれる説法の集いがあるとのこと。学生たちは、こういう集いに参加しているのだろうか?というのが私の疑問だった。彼らの答えは、任意で参加します、とのことだった。よく行く学生もいれば、あまり参加しない学生もいるとのこと。ここでは、政治的な話も出るらしい。(マレーシアでは21歳から選挙権が与えられる。)日本人は、ステレオ的に、イスラームとは直訳すると「神に服従する」だし、なにやらガチガチのルールに縛られた生活をイメージしがちだが、彼らの自由度は意外に高いのである。「チェラマ」も行きたければ行くわけだし、金曜礼拝も理由があれば休んでいいし、(連続2回までなら)サボってもいいわけだ。

シャーフィイー派法学についても聞いてみた。もちろんIBTの学生は、イスラム法学の徒(そういう学校や大学もマレーシアにはある)ではないので、他の法学派との相違までは明確には答えられないけれど、たとえば女性の服装では足を見せてはいけないという規範があるそうだ。うーん、まだまだ研究していかなければ…。

2017年1月6日金曜日

IBTの話(68) 武士道

http://universalpeace.co.jp/shishin/blog150505/
国費生の文系・理系の学生に、日本の思想的な背景として、「武士道」を教えた。狭義には「文武両道の鍛錬を欠かさず、自分の命を以て徹底責任を取る」広義には日本人のDNAに刻み込まれた「この考え方を常識とする日本独自の思想」ということで、恥の文化とともに紹介した。学生諸君は、なるほど、という感じで頷いていたのだった。

ところで、国費生は、文系・理系が入り交じって、日本語の授業で、代表的な日本人についての調べ学習をしている。湯川秀樹や松下幸之助、イチローなど著名な人物を調べるのである。聞くとプレゼンの時間は30分だという。なかなか本格的である。実は、この人物の選定の時には私も相談を受け、日本語の先生方とともに選定作業に参加したのだった。私が特に押したのは、新渡戸稲造と緒方貞子である。

すでに、ウィキなどを元に学生諸君はだいぶ調べていた。今日、いくつかのグループから質問を受けた。まずは、その新渡戸稲造グループ。「武士道」という海外でのベストセラーとなった日本紹介本を書いたことが大きい。T/ルーズベルトが、彼の本を愛読していて、日露戦争の仲介に労を惜しまなかったことも有名である。しかも札幌農学校以来のクリスチャン。(後にクウェーカー教徒になっている。)そういうこともあって、国際連盟の事務次長にもなっている。WWⅡ前には、アメリカで日本の立場を唱えるが、失意の中でビクトリアで客死した。学生から様々な質問があったけれど、結局武士道そのままの人生であったような気がする。特に晩年の客死は、日本を代表する国際人としては、本懐であるといってもよい。細かな質問が多かったが、ひとつひとつ丁寧に答えた。

杉原千畝についても、そのグループから質問があった。彼もまた、外務省本省に逆らいユダヤ人を助けたが、その責を問われることに覚悟を決めていたわけで、忠義という観点はともかく、武士道を貫いた側面がある。ところで、なぜソ連に対して、ユダヤ人たちが恐怖心をもっていたかについての質問。ソ連のポーランド東部への侵攻と、過去のボグロムについて説明した。

さらに緒方貞子、津田梅子についても質問があった。緒方貞子の凄いところは、やはり人間の安全保障という概念をセンとともにつくり、広め、実践したところにある。島国の日本を飛び出した地球市民であるところに彼女の凄みと人間力の深さがあると思う。津田梅子に関して、学生は「良妻賢母」になりきれなかったことに疑問を持っていた。6歳で渡米させられた津田は、アメリカ人女性であるといっても過言ではない。国策としての外交上必要な欧米的教養をもった道具としての女性であることを善としなかったわけだ。この辺の洞察は、明治の初期の日本の外交政策を理解していないと、またアメリカ人の好む自立した女性像がわからないと難しいところだ。これも丁寧に説明した。

マレーの学生は、調べるだけ調べて、ディープな疑問をぶつけてくる。かなり高度な質問で、大いに嬉しかったのである。ところで、やっぱり、日本人のDNAには、武士道的な精神構造が生きながらえている、と再確認した次第。

2017年1月5日木曜日

IBTの話(67) 寿限無

http://www2.odn.ne.jp/~nihong
odeasobo/jugemu/jugemu.htm
私費生の国立大学志望者の特別講義は1限目だった。パワーポイントを使うということは、その準備にも労力を使うということだ。事前にチェックに行ったら、ホワイトボードがない教室であった。居合わせた学生に他の教室から運ぶのを手伝ってもらい、無事に講義ができたのだった。理系私費生は、極めて優秀な学生たちで、社会科は久しぶりとはいえ、理解力は大したものであった。満足のいく講義ができた。次回の講義も楽しみである。

さて、4限目に久々の国費文系のCクラスで授業をした。心が落ち着くという感じで、つい張り切ってしまい、1限に続いて大汗をかいた。聞くと、5限目は、日本語で「落語」の授業だという。面白そうなので、S先生の授業を見学させてもらった。彼らは全くの落語ビギナーなので、ビデオを見せながら解説から始まった。

江戸落語の定番中の定番、「寿限無」であった。意外にも国費生は、面白いところで笑う。かなり日本語能力がついていることがわかる。さらに、「饅頭怖い」をプリントにしたがってコトバの解説をはさみながら、読み込んでいく。みんな大きな声で読むのが、気持ちいい。これらの落語の「オチ」も学生たちは、ちゃんとわかっている。なかなかたいしたもんだ。

最後に「寿限無」の長~い名前の暗唱である。私などは、こういう暗唱は大の苦手だが、学生は必死に覚えている。マレーの学生はホント真面目である。短時間で3人の男子学生がマスターした。凄いぞ。きっと日本の大学に行ってから、自己紹介の時などに暗唱出来たら、ウケること間違いない。(笑)EJUも修了試験も終わって、卒業までのゆるやかな時間、国費生はなかなか、有意義な時間を過ごしているのだった。

追記:1月の新年度から、「生徒」という呼称を「学生」に変えたいと思います。最大の理由は、IBTでは多くの先生方がそう呼ばれているからです。新年度に際して、ブログでもそれでいきたいとおもいます。
なお、タイトルのIBTの話の( )内の数字は本年3月末まで連番でいきたいと思います。私の1年間の報告という意味合いを大事にしました。ラベルに関しては、”2017”に、この1月分から変更します。ちょっとややこしいですが、よろしくお願いします。

2017年1月4日水曜日

日本人会会館のスタッフに捧ぐ

クアラルンプール日本人会館 正面玄関側 HPより
我がIBTは、クアラルンプールの日本人会の会館内にある。ここには、事務局を始め、セキュリティや、清掃・メンテナンスのスタッフ、テナントのスタッフなど多くの人が常時働いている。

ところで、マレーシアには、マレー系、中国系、インド系の三大エスニックグループの人々の他にも様々な国の人々が働いている。正直なところ、私には、なかなか見分けがつかない。

いつも挨拶をする管理のスタッフのボスがいる。、「センセイ、オハヨウゴザイマス。ゲンキデスカ?」と言う感じで話しかけてくれる愉快な人だ。新年になって、掃除の女性スタッフが変わったようだ。マレー系の女性だったのだが、トウドゥン(スカーフ)を被っていない。で、ボスにサバイバル・イングリッシュで聞いてみた。すると「彼女はインドネシア人ですね。」「なるほど。セキュリティのスタッフには、ネパールの人もいるよね。」(これは、セキュリティスタッフが先日教えてくれた。)「いますね。私はバングラディシュ人。」「ええ~!?マレー人だと思っていたよ。」ボスは、金曜日には、いつもイスラムの礼拝服を着ているので、マレー系だと私は信じていたのだった。もちろん、バングラディシュ人もムスリムであるが…。見た目では、全く判別がつかないのだ。多民族共生のマレーシアの一面を覗かせてもらったのだった。

ちなみに、セキュリティや清掃管理スタッフの人々と私は、すこぶる仲がいい。いつも笑顔で挨拶し合う。おそらくは、上から目線で彼らと接していないからだと思う。一日中、セキュリティは入り口で見守ってくれているし、清掃スタッフはなにかしら会館内を清掃してくれている。おかげで、会館内はいつも安全、かつ清潔に保たれている。感謝するのは当たり前だと私は思っている。そういう気持ちが、彼らに言葉を超えて伝わっているのだと思う。同時に、彼らの賃金はどれくらいなんだろうと、経済格差の問題をついつい思慮してしまうのだった。

ESDだ、地球市民だなどと、偉そうに言っても、そういうところから始めなければ、何も変わらないと私は信じている。

2017年1月3日火曜日

ところで、今日の本題。

IBTは、今日が仕事始めである。F39の1年コースの入学式の日でもある。マレーシアは、日本のような4月はじまりの「年度」ではなくて、1月が全ての始まりである。なんとなく新鮮ではある。私は、たまたま授業がなかったので、ひたすらパワーポイントの作業をしていた。年末年始以来、自宅か職員室かの差だけである。(笑)

朝、ちょっとかしこまった封書が机上に置いてあった。日本大使館の新年パーティの招待状だった。私はこういうのは大の苦手である。しかも大使公邸でのパーティーとなると、2003年にJICAの教員研修旅行で行ったケニアでのパーティーを思い出す。あまりいい思い出ではない。で、行くつもりはなかったのだが、M先生に伺うと、奥様と参加されるという。妻にメールしてみたら、「行ってもいいやん。」てっきり、「行きたくないなあ。」という返事が返ってくると思ったのだが…。聞くと、多くのIBTの先生方が参加されるらしい。意外だった。と、いうわけで、その大使館主催のパーティーに参加することになったのだった。

ところで、今日の本題。ちょっと韻を踏んでしまったが、「本」の話題である。(笑)義姉から、荷物が学校に届いたのだ。(事務所には申し訳ないが、いつもこうしてもらっている。)その中に、妻が読みたがっていた本(P・キングスレーの「シリア難民」)と、私が読みたかった「住まいと暮らしから見る多民族社会マレーシア」(宇高雄志著・南船北馬社/2008年6月発行)が入っていたのだった。ちょうど、息子夫婦が帰国していて、アマゾンで届いた2冊を義姉の元に届けてくれたのだった。いやあ、嬉しい。昔読んだケニア・ナイロビの人々の暮らしを建築家が描いた「ムチョラジ!」のマレーシア版のような本である。専門書ではないので、スラスラ読める。夕食の用意が整うまでの間に、25ページまで、すっと読んでしまった。もったいないので、もっとゆっくり読みたいところだ。今、ペナン島・ジョージタウンのショップハウスの安宿の話である。実に興味深い。

すでに、印象深い箇所を発見した。イギリス植民地時代、マレーシアの鉄道建設はインド系の人々の仕事だったようで、鉄道基地にはインド系の街が出来上がってきたらしい。なるほど、それで、クアラルンプールのセントラル駅周辺がインド人街なのだ。私にとっては、大きな発見である。こういう発見が読書にはある。やっぱり本のある生活はいいな。

2017年1月2日月曜日

日経 元旦の社説を読む。

https://www.technologyreview.com/s/601519/how-to-create-a-malevolent-artificial-intelligence/
マレーシアに来て以来、日経を手にする機会が極端に減った。電子版も多くの記事が無料で読めるのは途中までなので、ついつい疎遠になった。現地企業に勤めているビジネスマンではない私としては、他の無料のWEB記事に流れてしまうわけだ。とはいえ、元旦の社説くらいは目を通したい。

予想通り、不確実な世界情勢への危惧から社説は始まっている。
http://www.nikkei.com/article/DGXKZO11258530R00C17A1PE8000/

日本は、、アメリカやEU、ロシアや中国がどうあろうとも、自由経済の旗振り続ける責務を負っている、と社説は説く。まあ、想定内の年頭社説である。しかし面白いのは、その後の部分であった。

加速するデジタル社会への対応の話である。米のジャーナリストであるトーマス・フリードマンの新著から「iPhoneやAndroidが生まれた2007年は、グーテンベルグ以来の技術的な転換点の年だった。」と指摘。20世紀の生産性向上がブルーカラーの肉体労働の代替だったのに対し、これから本格化するのは人工知能(AI)によるホワイトカラーの頭脳労働の代替である、というわけだ。

…こういう指摘は理解可能ではあるが、失業率の低いマレーシア(若干、非効率ではあるが、雇用を多く維持している社会だと私には見える。)に住んでいると、これから先の世界の人口増と雇用の問題を逆指摘せざるを得ない。それは、持続可能なのですか?と。

…今、日本で工学を学ぼうとするマレーシアの学生たちへの教材を作成中である。たしかに彼らは、社説にあるように、「デジタルネイティブー物心ついたときからデジタルに親しんできた人材-」であり、IT関係を学ぶことを希望している学生も多い。社説にある「第4次産業革命」を担うのであろうが、彼らが忘れてはならないのは、持続可能な開発か否かという社会科学的視点であると改めて痛感した次第。

2017年1月1日日曜日

元旦なのでプールへ入る。

元旦の朝です。朝日に照り返るビル群。
新年あけましておめでとうございます。マレーシア・クアラルンプールでは、新年になると同時に、あちこちで花火が上がりました。日本の「ゆく年来る年」のような除夜の鐘、「諸行無常」も「わび・さび」などの趣は、微塵もありません。(笑)妻と二人、16階の住処から、様々な思いで花火を眺めていたのでした。朝は晴天。朝日の照り返しが美しい。(我が住処は西向きなので…。)

そんな元旦なので、絶対日本ではありえない正月を迎えようと思い立ちました。住処のプールで久しぶりに泳ぎ、いや(左肩が痛いので)歩きました。まるで、お正月はハワイじゃん、というセレブみたい。(笑)
トッポギを使ったぜんざい。
日本のお餅もミッドバレーで売っていたのですが、近くのマーケットには無かったので、韓国のトッポギがお餅代わり。砂糖醤油もなかなかいけます。日本製の小豆のつぶあんと合わせて「ぜんざい」にしても美味でした。

とはいえ、理系の国費生向けの教材作りに追われています。正月なのに、あまり非日常的でないのは、日本にいても同じです。…という感じのマレーシアでの元旦です。読者の皆様、今年もよろしくお願いします。