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帝国主義の時代、アジアで結局欧米列強の植民地にならなかったのは、仏領インドシナと英領インド(現ミャンマーを含む)に挟まれた緩衝国として生き延びたタイと、日本だけである。日本は極東にあって、列強の進出が最も遅かったこともあるが、幕末から維新にかけて、自力で何とか植民地化を避けることができた。このことが、他のアジア諸国との大きな相違だといえる。
この違いは大きい。日本も第二次世界大戦後アメリカの占領を受けたが、植民地化されたわけではない。植民地支配というのは、さらに過酷な収奪であると私は思う。日本は意外にアメリカを受容した。アメリカは過酷な収奪を行ったというよりは、民主主義というテーゼをアメとムチで日本に強要した。それもかなりうまくやったように思う。日本人の好きな外国というNHK放送文化研究所の意識調査では、アメリカがほぼ一位であるといってよい。アメリカによる日本のアメリカ化は成功していると思われる。(本日の画像参照)
ただ、日本は古来から外来文化を吸収し、オリジナルを作ってきた。戦後は、アメリカの文化を吸収し、オリジナル化していると思う。アメリカの本質(明白な天命など)を日本人が理解していると私は思えない。
日本は地理的にはアジアそのものであるが、歴史的には自力で植民地化を阻んだせいで、他のアジア諸国のような恨みや痛みを持たない。この空間(地理とは空間把握である)と時間(歴史とは時間軸の把握である)のずれが日本はアジアか否かという愚問を生起させるのではないだろうか?
植民地支配を経験したマレーシアの国民であるF40の教え子たちが、アジア人としての鋭い視点を持って香港問題を捉えていることと、植民地支配を経験していない日本人の私が香港問題を欧米的な人権問題として捉えていることの差異を感じる次第。もちろんこの差異には、善悪も是非もないと思う。
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