2019年9月4日水曜日

PBTの話(73) アンケート

F42 のJPA生がPBTに向かうスクールバス
PBTの授業最終日にF42の学生にアンケートを取った。10項目のうち、3項目について結果をエントリーしておこうと思う。

その1:PBTを色で表現すると…
 1位は圧倒的に「青」で21名。「虹色」3名、「赤」が3名。「白と赤」が2名。後は、「灰」「緑」「黄」「ピンク」「白」「黒」「浮かばない」がそれぞれ1名ずつ。
面白いコメント集:「青」PBTに行くとき、帰る時に空を見ているから。「青」すずしい(注:クーラーがきいている)ので海の波のイメージ。「青」帝京のロゴが青だから。「青」富士山のイメージ。「白と赤」日の丸のイメージ。「虹色」勉強とテストの大変さ(雨)を感じた後、いいこと(虹)が来るから。
確かに、PBTのイメージカラーは青やね。
その2:社会の授業で好きなのは?(複数回答)
1位「国際関係」13名、2位「地理」11名、3位「歴史」10名、4位「哲学・宗教学」9名、5位「経済」「政治」「社会学」8名。私にとっては、意外な結果だった。もう少し各分野で差が開くかと思っていた。

その3:今回習った哲学史で最も印象的な」哲学者は誰?(複数回答)
1位「ソクラテス」と「カント」6名。3位「ショーペンハウエル」5名。4位「サルトル」4名。5位「アリストテレス」「フーコー」「ソシュール」「いない」3名。9位「ニーチェ」「仏教」2名。11位は1名ずつ「デカルト」「ベーコン」「フロイド」「レヴィ=ストロース」「ハイデッガー」「ヤスパース」「デリダ」。人類の教師ソクラテスと、西洋哲学史の中心的存在であるカントは妥当だが、ショーペンハウエルが3位なのにはちょっとした理由がある。日本語のテキストで彼の箴言が紹介されていて、その意味を私が詳しく解説したからであると思われる。面白いのは、心理学を志望する学生が、フロイド、言語学を志望する学生がソシュール、文化人類学を志望する学生がレヴィ=ストロースと書いていたりと、まさに「妥当すぎる回答」もあった。それだけ自分の属性については、特に熱心に聞いていてくれたのだと思う。…しかし、フーコーが5位というのはナカナカ渋いな。

2019年9月3日火曜日

帰国準備その4

大1・中5・小3の計9個になった
日本に贈る荷物は、段ボールで9個になった。船便なので10月中旬に愛媛に着くはずだ。今日はその搬出日である。昨夜は、妻と段ボールの補修作業に追われていた。朝10時に業者が来て、荷物は運ばれていった。
タマンデサの中華系リサイクルセンター
その後、I先生が帰国時に預かったフォークギターをタマンデサのリサイクルセンターに持って行った。日本に送れなかったのだ。捨てにるは忍びないし、以前ここのお姉さんに相談したら、ギター大歓迎といわれたので持って行ったのだ。(もちろん無料である)これが、ギター君にとって最も良い選択だと思われる。誰かがこのギターで、コードの練習を始めるかもしれない。
誰もいないコンドのプール。贅沢な話だ
さらに本日の帰国準備の最後は、コンドのプールで泳いだ。あいにく曇っていたし、たった5分ほどだったけれど、長い間プールに来ていたなかったので、思いを遂げた感じだ。日本では、自由に入れるプールがあるなんて考えられないことだからだ。

ところで、今は何時間目だよなあ、という意識が消えない。(笑)

今年のTICAD 考

https://www.twipu.com/tag/jobs4youth
このところ、私事が多忙で、先月末に横浜で開催されたしたTICAD(アフリカ開発会議)のことについて論考する暇がなかった。アフリカウォッチャーを一応自認する私なりに考察しておきたいと思う。最もコンパクトに整理された報道は、日経の今日付の記事だと思われる。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO49193050Q9A830C1MM0000/

今回のTICADの最大の特徴は、中国の債務漬け的なアフリカ支援への批判的立場を明確に打ち出したことであるといえる。この件で、より具体的な日本の国際協力として、今後3年間、アフリカの10か国を毎年選んで公的債務の管理に関する研修を行うこと、ガーナとザンビアには専門家を派遣する計画を明らかにした。(この計画は、YouTubeなどで見るネットの反応も、アフリカをはじめ世界的に好意的なようである。)
https://www.yomiuri.co.jp/politics/20190829-OYT1T50233/

さらに、政府は、アフリカへの民間投資の促進(3年間で$200億)を約束した。民間企業も多く参加し、ビジネス面での活発な対話がなされたようである。サイドイベントも様々な角度からアフリカの持続可能な開発を研究・討議するものだ。(私も後学のために参加したくなるようなタイトルが多い。)
https://www.jica.go.jp/africahiroba/ticad/ticad7/index.html

この辺のテーマを見ていると、実際にアフリカに関わる仕事をされている専門家群の層の厚さを実感する。(これはあくまで私感であって、専門家諸氏からは、まだまだ少ないと批判されるかもしれない。)先日、JICAに関わる上下水道の専門家のマレーシア在住の友人と話をしていたのだが、以前エチオピアで仕事をしていた彼のような人材が、実際のところ、日本とアフリカを繋いでいる。私もケニアやブルキナファソで体験したが、アフリカでこういう仕事を進めるには忍辱の鎧をまとい、パートナーシップを発揮していかねばならない。国際協力という美麗美句だけでは表現できないものだと私は思っている。

最後に、今回のTICADでは、日本の国連での立場強化(安保理常任理事国入り)を明確にしている。日本の国際協力のスタンスが、日本の国益重視志向にさらに向かっていて、私自身はいい印象を持っていない。他国にははっきりと表明しないと理解されにくいだろうが、やはり日本の美学は、こういうことは「黙して語らず」ではないかなと思う。

橋爪大三郎氏の韓国論

https://www.youtube.com/watch?v=9DfFX2DYCb0
社会学者の橋爪大三郎氏の小論が非常に参考になると思うので、国際関係、政治学、歴史学、社会学系志望の学生(OBも含めて)に、私の特別講義として贈りたいと思う。

最初に結論から示すと、「条約に従う義務は憲法に従う義務以上のものである。このことは学校ではよく教わらないけれども、とても重要である。」というものだ。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/66656

その理由は、「国際法の出発点は、近代国民国家が正当か否かは相互承認によって決まるという原則がある」からである。革命などで政権が交代しようと、自国の存在を認めてもらうためには、前政権が結んだ条約であっても守る義務がある。

たとえば、清朝が結んだ香港の99年間の租借条約を中華民国は継承した。中華人民共和国が成立した際、他の租界は日本軍が一掃し、日本が敗れたので中国に戻ってきた。香港に対して、毛沢東は実力で奪い返すこともできたが、正統な政府として承認されること方が重要だと考えた故に、条約を守り水や野菜を供給した。文革の時も同様である。その見返りにイギリスはいち早く中華人民共和国を承認した。

明治維新でも、江戸幕府が結んだ不平等条約をそのまま継承した。薩長政府は万国公法を知っており、独立国として承認される道を選んだといえる。(もう一つの小論で、橋本大三郎は、もし攘夷一辺倒の水戸藩士が政権を握っていたら大変なことになっていただろうと推測する。実に面白い。)第二次世界大戦後、無条件降伏のポツダム宣言を受諾した日本は、アメリカに主権を譲り渡した。憲法より条約の方が効力が大きいという実例の1つである。

前述のもうひとつの小論も面白い。こちらは、韓国の日韓併合無効論を論破している。歴史的な検討が中心の小論である。条約を否定することで人気を得ようとすることがどれだけ危険か、ナチスの例も引かれている。さて、この小論の最後に、こんなことが書かれている。

『かつて戦争をしていた日本は鬼畜米英などといい、本土決戦を辞さなかった。アメリカは、大都市を戦略爆撃した。(中略)むごいがほかに方法がなかったといえる。そして結局日本は戦意を失い、日本は救われた。人間は少しの痛みもなしに、現実を受け入れ考えを改めるのは難しいのだ。今回の事で、日本も苦しい目にあう。けれどもそれは意味のあるコストだ。』
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/66658

…私も全く同感である。儒家のカインコップレックスをもち、反日というゼロ記号をかざし、反省しない傷ついたコギトである韓国の人々が、国際社会で蘇生するためには、こういう痛みが必要なのだと思う。

2019年9月2日月曜日

帰国準備その3

帰国準備その3である。今日はブキッビンダンで両替した。妻の発想は面白い。2日連続でミッドバレーで両替すると怪しまれると言うのだ。うーん、よくわからないが、まあいい。…というわけで650番のバスに乗って、パサセニ(バスの終着点)経由でブキッビンダンに向かった。

ところで、以前から、帰国する前にやっておきたいことがあった。650番のバスから見るタマンデサ~ミッドバレー間の往復のビデオ撮影である。よく考えてみると、この3年半、ペナンとマラッカには旅したけれど、(パース旅行はおいておいて)他にマレーシア国内を旅していない。もっと言えば、ブキッビンダンには数多く言っているけれど、ツインタワーのあるKLCCには4回しか行っていない。KLタワーにも上っていない。(笑)

ただひらすら住処のあるタマンデサとPBTのあるミッドバレーの往復ばかりで、私のマレーシアは、タマンデサとミッドバレーだったのだ。ほぼ景色は頭に入っているけれど、あえて記録しておきたかったのだ。昨晩、カメラのバッテリーを見たら十分だったので、撮影を始めたが、ミッドバレー寸前でバッテリーが切れてしまった。(笑)と、いうのも想定外のハプニングがあったのだ。タマンデサのDマーケット前から、白人のバックパッカーのカップルが乗ってきたのだが、彼らは現金しか持っていなかったのだ。運転手とだいぶ話し込んでいたのだが、運転手もタダで載せるわけにもいかないし困っていたのだ。すると、彼らの後から乗車したインド系のおっちゃんが、自分のカードを使い彼らの料金を払ったようだった。で、メデタシ・メデタシとなったのだが、私のカメラは動いたままで予定外の電力を消費してしまったのだった。だが、こういう、マレーシアのいいドラマを見せてもらったので全くノープロブレム。また4日に続きを撮ろうと思っている。

そうそう、こんなハプニングもあった。寮の前からH君とS君が乗り込んできたのだ。ついでに彼らの笑顔も撮っておいた。(笑)休日の午前中に650番に乗ると、JPA生と会うこともしばしばである。

このビデオ、三崎高校の生徒に見せる機会があればあればいいな、と思っている。

2019年9月1日日曜日

帰国準備その2

MVメガモール 今日のサウスコート
いよいよ、9月に入った。昨日は、自宅にこもって体力の回復と、PBTでお世話になった先生方にお一人づつメールをしたためていた。日本にいる旧知の先生方にも連絡をとった。おそらく人生で最も多くのメールを発信した1日だったと思う。

PBTの事務的な問題、教科の問題、机の清掃などすべて終わったので、後は愛媛に直接送る引っ越しの荷物である。これは、先日の木曜日にほぼ完了している。少し、持って帰る荷物が増えたので、妻と相談の上、1箱だけ、POS(郵便)で大阪の自宅にに送ることにした。もう1つの大問題は、両替である。妻がコツコツと貯めていたRM(リンギ)を、先日Lさんと共におろしてきた。調べてみると、日本に持ち込めるRMは1000が限度らしい。それ以上になると、マレーシア中央銀行に申請が必要とのこと。これはまずい。今円高でだいぶ損をするのだが、英語力もなく時間もない私に中央銀行への申請などできるわけがない。で、盲目的に日本円に両替するという決断をしたのだった。
中華系の人々がは中秋の名月を祝う。月餅の店も出ていた
というわけで、朝10時前に、妻とミッドバレーのメガモールの両替店に行ってきた。3軒ほど回って両替を済ませた。せっかくなので、買い物もして帰ってきた。今日は日曜日であるので、人が多かった。この雑踏もなぜかなつかしく感じるのだった。

T先生、ベトナムへ

ハノイ旧市街 https://sotonoba.place/hanoi_report
昨年末にマレーシアにやってきた親友のT先生が、日本語教師の講習を進めながら、就職先を探していて、決まったと連絡してくれた。本当は、マレーシア、それもPBTに来ることが夢だったのだが、私がPBTを退職することになったし、マレーシアの規定とPBTの規定で実務経験3年以上という高いハードルがある。

T先生が見つけたのは、ベトナムのハノイ。日本語センターで日本に技能を学びに行くベトナムの人々に日本語を教える仕事だ。社長は67歳の元社会科教師、教育関係でJICAのシニアボランティアをされていた関西人だという。なんか私に少しだぶる話で、スカイプ面接では意気投合したらしい。まあ、T先生は情熱の塊のような人物なので、すごくわかる気がする。しかも破格の条件だ。ベトナムとしてはかなりの高給で、しかも住居費は無料、食事もつく。最高の条件だと思う。

私もかなり心配をしていたのだが、T先生も第二の人生の幕開けだ。T先生に乾杯。