2026年11月4日水曜日

吉村昭「関東大震災」を読む5

https://noeimajuku.grupo.jp/free6801331
関東大震災時の横浜から始まった「朝鮮人放火す」の流言は、やがて東京にも波及する。このあたりの内容も書くにしのびない。日本人も間違われて殺害された例も多い。自警団が各地で結成されていた。当時は徴兵制のもとで元軍人だったものも多く、日本刀や銃器などの武器も野放しであったようで、パニックに陥り、犯行に走った被災民がかなりの数いたようである。この頃の日本は、まだまだ社会が成熟していなかったといえる。

さて、この虐殺とともに、社会主義者への風当たりも強かった。特に憲兵隊は治安を乱す輩と認識していたようで、大杉栄・伊藤野枝、さらには大杉の妹の子(甥)の橘宗一(6歳)(画像参照)が殺害される、いわゆる大杉栄事件が起こる。(余談だが、伊東野枝は大杉の内妻で、先夫は、ダダイストの辻潤であると知った。)当日辻潤の家を二人で訪れたが不在だったので、妹の家を訪れ無事を確認した時、宗一が「東京の焼け跡が見たい」とせがむので、同伴していた。

彼らを狙ったのが、甘粕憲兵隊大尉である。彼は、日頃から社会主義者を国家利益に反するものと憎悪していた。地震発生後、多くの社会主義者が検束されたが、巨頭大杉栄が自由に歩き廻っているので、9月10日頃からその動きを追い始めた。部下を特高の元に送り、住所を知った。前述の宗一を連れた大杉が帰宅途中、張り込み中の憲兵隊が拘束し、2台の自動車で憲兵隊本部に連行した。その後の軍法会議における陳述も、詳細に書かれているのだが、かなり酷いので割愛する。甘粕大尉への求刑は死刑ではなく、懲役15年。判決は懲役10年だったが、3年後に仮釈放となり、渡仏。昭和5年、満州国成立とともに、要職についた後、満映理事長となった。終戦後、8月20日青酸カリを飲んで自殺した。

ちなみには、大杉栄は社会主義者と言うより、無政府主義者という方が正しい。甘粕憲兵隊大尉にはその違いはわからなかっただろうが…。

2026年11月3日火曜日

なんとなくきな臭い

https://www.yomiuri.co.jp/world/20260722-GYT1T00402/
アメリカの中間選挙後に、イランを攻撃するという話が実しやかに伝えられている。本日、その中間選挙の最中にホルムズ海峡のゲシュム島を米軍が限定攻撃したようだ。カタールでは、最終的な両国の和平協議が行われていて、そのためのジャブ攻撃だと思われる。

ガソリンの値が上がっていることが、この中間選挙にも大きな影響を与えているようで、またトランプ関税は、輸出国ではなく米国内の輸入業者が支払っているとの話もあり、関税政策もインフレの原因になっており、共和党は厳しそうだ。

あるYouTubeチャンネルによると、イランの前指導者が、(十二イマーム派の)イランは核兵器を持つことは神の意志ではないというファトワを出していたようだ。ファトワとはイスラムの法学者が、質問に対して教義に従って出す回答である。このファトワの意義は極めて大きいのだが、アメリカの攻撃の中で、覆される可能性が出てきた。全指導者はすでに他界しているし、新たな指導者によるファトワが出されるかも知れないというのである。ただ、すでに高濃度のウランが存在するのであるから、この辺は実に微妙だ。

カタールでの話し合いの中で、このファトワの改編も含めて両者がぶつかっているようだ。経済制裁をやめれば、核兵器の製造はそのまま中止され、海峡もオマーンとの取り決めで解放されるらしい。トランプとしては、この結果を受けて中間選挙後に動く、とされている。最悪の動きは、これまで通常兵器で破壊できなかったピッグアックス山(画像参照)を核兵器で破壊するというものだ。

この裏で焦っているのが、イスラエルのネタニヤフらしい。議会選挙は微妙。政権を取れなかったら、監獄行きかも知れない。ただ現在のアメリカとイスラエルの間には、溝があるようである。

ややこしいのが、この動きに呼応するかもしれないロシアや中国などの動きである。特に(日本も含めた欧米への)サイバー攻撃による生活インフラの停止が起こりうるとされているのである。我が家には、最悪に備えて、七輪や炭も常備している。食糧はもちろん電池やラジオ、飲料水や風呂桶の水も備蓄してある。

…まあ、何も怒らないよう祈るしかないのである。

2026年11月2日月曜日

滑らない話シリーズ+1

https://blog.excite.co.jp/nyliberty/10633811/
授業で、アメリカの体験談を話している。これまでこのブログのすべらない話シリーズを大体話した。(詳しくは、ラベルの「滑らない話シリーズ」参照)さすがに、こういう体験談は面白いようで、生徒諸君は真剣に聞いてくれたのだった。

このブログでまだ書いていていないNYCネタも残っていた。コロンビア大学(画像参照)近くの¢50のホットドック屋を見つけたので、貧乏旅行の私は迷わず入った。そこには、黒人の大男が松葉杖の姿で立っていて、店の人間ではないのに「ここのパイナップルジュースは美味いぜ。」と声をかけてきたのだ。

私は、パイナップルジュースは好きではないので、コーラを注文し、彼から離れてカウンターで頬張った。要するに彼を無視したのだが、近くに来て、「どこから来た?」とか話しかけてくる。悪い奴ではなさそうなので、いろいろと会話したのだが、食べ終わって出ようとしたら、「これからどこへ行くんだ?」「ブルックリン」と答えた。「そうか。ここのパイナップルジュースは美味いぜ。」ともう一度いった後、”Goodby”と彼は言い、その後ある言葉をつけたのだ。生徒に質問するが、誰も答えられなかった。アメリカ映画そのものだったというヒントも通じない。彼は、”Goodby Brother”と言ったのだった。感動した。

生徒諸君には、大いに受けた。パイナップルジュースを飲んでやるべきだったなあと思うと言うと、ウンウンと何人かが頷いたのだった。

2026年11月1日日曜日

吉村昭「関東大震災」を読む4

https://hosei-ch.xsrv.jp/wp3/?p=1133
関東大震災の被災地は、東京が最も酷いと私は思っていた。しかし、横浜の方が酷かった。当然ながら、あらゆる通信機能や鉄道などが崩壊し、極めて精神的なパニックになった横浜から流言が飛び出す。それが朝鮮の人々への大虐殺に繋がっていく。

著者は、朝鮮の人々の憎悪を、為政者も軍部もそして一般庶民も、日韓議定書の締結以来その併合までの経過が、朝鮮の人々の意思を完全に無視したものであることを十分に知っていたし、総督府の過酷な経済政策によって生活の資を得られず日本内地へ流れ込んでいた労働者が、平穏な表情を保ちながらもその内部に激しい憤りと憎しみを秘めていることも気づいていていたが、そのことに同情しながらも、被圧迫民族の宿命として見過ごそうとする傾向があった、日本人には一種の罪の意識が潜んでいた、と書いている。

東京市では軽微な盗難が随所に見られたが、横浜市では大規模な強盗事件が起こった。それは組織立った集団的なもので、災害に乗じた極めて悪質な性格を持っていた。その代表的なものが、立憲労働党総裁山口正憲を首謀者とする集団強盗事件である。横浜市中村町の小学校に避難していた、余震と火災の中、飢えと渇きに対する激しい不安を抱えていた人々を、山口は扇動して物資を調達しようと企てたのである。立憲労働党総裁を名乗って、拳を振り演説し、横浜震災救護団を結成したいと提唱。団長に推挙され、決死隊と称する体力に恵まれた男たちに、赤い布を左腕に巻き付けさせ、物資の強奪を指令した。日本刀、竹槍、鉄棒、銃器などを手に、市内の類焼をまぬがれた商店や外人宅を襲い、凶器をかざして、食糧、酒類、金銭等をおどしとって歩いた。9月1日午後4時頃から4日の午後2時まで17回にわたり繰り返された。この決死隊の行動は、自然に他の不良分子に影響を与え、横浜は、地震と大火に致命的な打撃を受けると同時に強盗団の横行する地にもなったのである。

そうした不穏な空気の中で、「朝鮮人放火す」という風説が、本牧町を発生源に流れてきた。強盗団は朝鮮の人々だという憶測が生まれた。そもそも朝鮮の人々と日本人の風貌は見分けがつかない。一般市民はこの憶測に同調した。後の裁判で、山口らが朝鮮の人々の名を騙ったことはないことが判明している。彼らの犯行が一般庶民によって朝鮮の人々のものと解釈されたといってよい。…つづく。

…どうも世界情勢がきな臭い。電気や水道、ガスなどのライフラインが(戦争のために)サイバー攻撃で止められる可能性を、日本を始め欧米諸国で公式に訴えられている。この関東大震災の歴史を知れば、情報が絶たれた時、流言が独り歩きし怪物になりうるということを知ることになる。歴史は活かされるのか、繰り返すのか…。

2026年10月31日土曜日

ハロウィンである。

https://www.lvtaizen.com/1371/
今日は、ケルト人の1年の終わり、ハロウィンの日である。ミルウォーキー・ブリュワーズがWSを制したこともあって、私が始めて経験したミルウォーキーのキングス高校(下記画像参照)でのハロウィンの様子を記そうかと思ったら、2011年11月5日付けのブログで「ハロウィン in Milwaukee」としてすでに記していた。(笑)もしよかったら、古いブログを除いてみて欲しい。

https://en.wikipedia.org/wiki/Rufus_King_International_High_School#/media/File:20200913_144957_HDR.jpg
当時の日本ではハロウィンは、まだ市民権を得ていなかった。今は日本でもカボチャの飾り付けなど、商業的に盛り上がっているけれど、隔世の感がある。

せっかくなので、ミルウォーキーの別の話を。ミュルウォーキー空港は、「酪農の州」らしく、ホルスタインの大きな模型が飾られていた。ドイツや北欧系の移民の町なので、ビール(ミラーという銘柄)でも有名である。公共バスまで、ホルスタインのデザインだったのには驚いた。

ミルウォーキーの博物館は、決して大きくはないのだが、移民の文化的な相違を示す展示があった。ユダヤ系のエリアには、数多くの書籍やバイオリンが並んでいたし、ロシア系のエリアには正教の十字架が飾られていた。アメリカの博物館はいろいろ行ったが、ここも実に素晴らしい展示をしてくれていた。他の先生方は、早々にホテルに戻られたのだが、私は1人残って、これらをスケッチしていたのを思い出す。

博物館を出た後、交差点で喫煙していたら、1人の男性が、”Excuse me”と言って、胸ポケットに手を入れた。私はかなり緊張したのだが、煙草を出して、火を貸してくれないかと言ったのだった。(笑)そんな思い出もある田舎町・ミルウォーキーである。

吉村昭「関東大震災」を読む3

https://www.oshinaka.com/1271.html
正直なところ、関東大震災のことはよく知らなかった。関東大震災=朝鮮の人々の虐殺というくらいの知識であった。この虐殺のことは後述するとして、以後、本書を呼んで、意外だったことをアトランダムに記していこうと思う。まずは火災のはなしである。

震災時の風速は南向きあるいは南東方向で、低気圧の影響を受け、風速10mから15mという激しいものであった。正午寸前の時刻だったので、各家庭のカマド、七輪で火を起こし昼食準備の時間であったこと、飲食店でも最盛期であったので、たちまち火災が起こった。さらに最大の発火原因となったのが、薬品だったことである。学校、試験所、研究所、製造所、工場、医院、薬局にあった薬品類が、棚から落下して発火した。特に学校からの出火が最も多く、東京高等工業学校や東京帝国大学の工学部や医学部、薬学など多くの場所で出火した。地震発生と同時に東京市内の15区全てで火災が発生した。強風にあおられ、最も速度が早い火系は毎時800m以上の速さであった。日没時から11時頃まで、風速も26~7mにも及び、被害が拡大した。鎮火までには42時間かかったとされる。

この火災による死者も多いのだが、最も悲惨だったのは、陸軍省の本所被服廠跡(画像参照)で、運動公園になっており、絶好の避難場所と思われた。しかし火災が四方から押し寄せ、また大旋風が起こり38000名もの死者を出したのである。

2026年10月30日金曜日

吉村昭「関東大震災」を読む2

https://www.asahi.com/special/saigaishi/1923shinsai/
大礼の夜の地震を東京大学の地震学教室では、今村助教授が、大地震の前兆だと発表した。京都の大礼に参加していた第一人者の大森教授はこの説を否定し、両者は対立した。

実際の関東大震災が起こったのは、この8年後、大正12年9月1日午前11時58分である、マグニチュードは7.9と推定されている。

今村助教授は、集められた記録紙を眼を輝かせながら見つめ、初動の方向と初期微動の継続時間から察して震源地は東京市南方約100kmの相模湾の海底と判断した。相模湾の南西部にある深さ1300mの海底が長さ24km、幅2~5.5kmの広大な部分にわたって100m以上も陥没し、その反動で湾の北東部では逆に海底が100m以上も隆起し、津波が沿岸各地を襲った。大島で12m、伊東で12m。さらに沿岸地域では茅ヶ崎で1.4m、大磯で1.8mも隆起した。東京市では、反対に陥没現象が発生し、本所や深川で地面が30~20cm沈下した。

https://www.rodo.co.jp/series/61950/
本書では、詳細な地震時の報告が次々に登場するのだが、読むに絶えないものが多い。まだましなのが、有名な東京初の高層建築・凌雲閣(高さ73m:10階までが総煉瓦造、11階と12階が木造の八角形の塔状の建物)の話で、上部が傾き、中央からやや上方の部分が裂け、右の方へ倒れていった。さらに近くの花屋敷の檻も壊れたのか様々な鳥類が飛び交い、獣類を射殺するらしい銃撃音も聞こえたという。

余談だが、THE ALFEEの坂崎氏が、この凌雲閣の煉瓦を仕事の合間に工事現場に貰いに行ったという話がYouTubeであった。コレクター魂を感じる。…続く。

2026年10月29日木曜日

ブリュワーズ WS優勝

https://x.com/Wadol87/status/2115667296425550200
ミルウォーキー・ブリュワーズが、タンパペイ・レイズに4勝1敗でワールドシリーズを制した。今年は、ナ・リーグとア・リーグの実力差がかなりあって、ナ・リーグで103勝を挙げたブリュワーズの強さが本物だったということになる。まあ、ドジャーズの面子も、それなりにたったといってよい。

ブリュワーズは、スモール・ベースボールで、HRをバンバン打つチームではない。だが、走攻守に優れ、チャンスに強い。これまでのMBLにはない魅力を持ったチームであると私も思う。まさにイチロー選手型のチームだといえるだろう。

ブリュワーズもレイズも決して年俸で見れば、たいしたことがない球団なのだが、この2チームがWSを戦ったことは、今回の労使協定にも少なからず影響を与えるのではないかと思う。年俸的に見れば、最悪のメッツ、そして名門ヤンキースも我がドジャーズも彼らに屈した。年俸の高さだけで勝てるとは言えなかったわけだ。

とはいえ、WSが終わったので、12月1日までに駆け込みの高額契約の話がどっと出てくるだろう。私の関心は、ドジャーズ・オンリーなのだが、さてさてどうなるか。

ちばてつや氏の訃報と「夢」

https://www.pixiv.net/artworks/101198673
10月22日に漫画家のちばてつや氏が鬼籍にはいられたそうだ。今朝YouTubeで知った。不思議な夢を見た直後だったので驚いた。

不思議な夢とは、ちばてつや氏が矢吹丈のリングネームで、アマチュアのボクシング大会に出る夢で、タトゥーをした強そうな選手と1ラウンドだけ戦い、結局1発もパンチを受けなかったという夢である。

ちばてつや氏の漫画は、我々の世代にとって大きな存在だった。小学生のころの私は「ハリスの旋風」が大好きだった。屋台のラーメン屋の息子で、ガリスポ(ガリ勉ではなく、運動部を掛け持ちする)石田国松は、ある意味私のあこがれであった。野球、剣道、ボクシング(ここでは拳闘とされていたのに時代を感じる)、そしてサッカー。

「あしたのジョー」は、ちば漫画の中で最も強烈な印象を残している。工業高校時代、この漫画を元にクラスでビデオを制作した。実際にボクシングジムに通う生徒が2人いたからだ。最後に主人公は真っ白に燃え尽きるのだが、小麦粉を頭から被された。(笑)すぐに、風呂に行けと風呂代を渡したのをよく覚えている。当時は誰でも知っているラストシーンであった。

「紫電改のタカ」という作品も俊逸である。松山出身の滝という少年飛行兵の話なのだが、最終的には、教師になる夢を捨てて神風攻撃で散る。戦闘シーンも多いのだが、米兵との友情や平和を深く訴える作品であった。

「のたり松太郎」も大好きだった。相棒の田中が優勝、結婚というハッピーエンドで終わるのだが、最終回は、京都の漫画博物館で読んだ記憶がある。

ちば氏の漫画は、顔、特に鼻の書き方に大きな特徴があった。ちかいの魔球以来変わっていない。ハリスの旋風のおちゃら(上記画像参照)も、あしたののジョーの白木葉子も鼻はそっくりだ。でもそこがいい。

ちばてつや氏の逝去に際し、深く哀悼の意をささげます。名作の数々を執筆していただき、ありがとうございました。

2026年10月28日水曜日

秋空高く日はうらら

https://swa.city-osaka.ed.jp/e671483/weblog/116435370
特進クラスの模擬テストの監督をしていたら、隣の小学校から、なにやら太鼓の連打や歓声が起こっていた。どうやら、近々運動会があるようだ。昭和の30年代から40年代にかけて、私の通っていた小学校でも運動会があった。必ず秋である。なぜなら、「運動会の歌」に♪秋空高く日はうらら、心も軽く身も軽く、とあるからである。不思議だったのは、運動会の歌はあっても、校歌が出来たのが私が高学年になってからであったことだ。だから、校歌よりこの運動会の歌の方が記憶に残っている。歌は続く。♪H(学校の名称)健児らの日頃鍛えたこの腕を父母観衆のその中で現す今日の楽しさよ~。

うーん、今は父母という語は死語である。ジェンダーや欠損家庭の関係で「保護者」となる。この歌、まだそのまま歌われていたのだろうか、などと思う。

今はダンス全盛だが、6年生の時(1969年)、運動会で「リズム」という名のパフォーマンスを演じた。早朝から時間が進んでいくという流れで、当時でもなかなか斬新的だったようで、TV放送された。児童は運動場を囲み、体育座りをしている。音楽に合わせて、出席番号順に、運動場に歩いて出ていく。自転車のような2人組もいたと記憶している。その後皆が集まり輪を作っていったような記憶がある。我が担任のN先生は、新卒で新しい教育実践を導入しておられた。音楽の授業では、シンセサイザーによる電子音楽なども聞かされた記憶がある。当時では画期的だった。

私は運動が苦手っだったし、運動会や体育祭に出場するのは好きではない。中3の時など、足を怪我したのを幸いにずっと用具係のリーダーをやっていた。高校時代は、3年間ひたすら科の応援団をやっていて、競技にでた記憶がない。3年では副団長だった。俳優の時任三郎(木材工芸科の団長だった)と科(私は図案科)で互いの応援をした記憶は鮮明だが…。(笑)

ところで、2026年3月末日、我が小学校は、95年の幕を閉じた。少子化の波は、昭和の匂いがプンプンする運動会の歌をも消し去ってしまったのだった。

2026年10月27日火曜日

吉村昭「関東大震災」を読む1

学院の図書館で、吉村昭の「関東大震災」というノンフィクションで菊池寛受賞作の文庫本(文春文庫)も借りていた。途中で、震災時のあまりの悲惨な描写に読むのを中断したくらいの内容である。本書の書評も書いていこうと思う。

本書は、いきなり大正4年の即位の大礼から始まる。「ミカドの肖像」で有名な八瀬童子が御羽車(おはぐるま:神鏡を運ぶ箱型の輿)を担ぎ、東京を立たれるシーンが描かれる。天皇は御召列車で、名古屋泊を経て京都へ。11月10日、即位式が行われたその夜に、東京の町が強い地震に襲われる。…続く。

2026年10月25日日曜日

PHPの脆弱性の件

何日か前に、学院の連絡システムであるClassiで、法人事務局から「PHPの脆弱性性対策で、WEBシステムの緊急メンテナンスを実施している云々」という内容が送られてきた。ITに疎い私にとって、PHPといえば、松下幸之助氏ののPHP研究所の雑誌である。(画像参照)ナンノコッチャと思っていたが、YouTubeでわかりやすく解説されていた。

https://www.youtube.com/watch?v=gtuPvLCVqfA

PHPというのは、ウェブサイトの裏側で以後いている「画面を作る係」であるらしい。サイトを開く度にサイトを置いてあるサーバーの中で動いて、データを取っってきて、画面を組み立てて返してくれる。サーバーの約7割がPHPを使っているらしい。

このチャンネルでは、その脆弱性や、今回の問題について私にもわかるように説明してくれている。騒ぎが大きくなり、いろいろ言われているけれど、PHPのプログラミング集団やセキュリティーの専門家集団が常に更新してくれているようである。

2026年10月24日土曜日

揺れるフランス 考Ⅱ

https://www.youtube.com/watch?v=rPzSH5x61Fg
いろいろなフランスの暴動に関するYouTubeが出ているが、これだというチャンネルを見つけた。高校生にはまだ少し難しいが、それでもきちんとした経済学的な知識に裏付けされたわかりやすい解説になっている。https://www.youtube.com/watch?v=rPzSH5x61Fg 

第2章の、ユーロ圏を1つの身体と見て、フランスは、その心臓であり、国債はその全身を巡る血液、銀行は血液を運ぶ血管、スプレッド(債券の金利の利回りや信用)はその異変を知らせる体温計というたとえは、実に参考になる。私は政治・経済の授業では、インフレ・デフレを身体と血の量でよく説明するのだが…。

50年かけてフランスは財政赤字をじわじわと重ねてきた。その原点は80年前の約束(連帯:ソリダリテ)にある。19世紀末の政治思想で、レオン・ブルジョワは、「社会から恩恵を受けて行きている以上、互いに義務を負う、個人の自由を重んじつ共和国が、同時に支え合いの仕組みを持つ。」としたのである。WWⅡ直後、現在の社会福祉制度は、レジスタンス組織、官僚、労働大臣らの協力で成立したもので、年金は日本と同じ賦課方式。フランスでは、アキ・ソシオ(闘争や交渉によって勝ち取った権利は、社会契約の一部であり、簡単に手放すべきではない)という意識が強い。よって、縮小されることは非常に難しい。このチャンネルの制作者は、このソリダリテは、戦争の傷から生まれた国家の物語そのものなので、故にその権利の一部を削る議論は、共和国とはなにかという根源的な話になってくるとしている。

石油危機の1973年まではフランスも高度経済成長期で、財政は黒字だった。以後は財政改革の試みと街頭の抵抗(ストライキ等)が交互に起こり、政治状況の混迷もあって、うまく進んでいない。

今回の高校生の抗議は、未来への投資を求めたものだが、未来への投資と過去への約束(教育予算の1/4が退職した教員の年金にあてられている)が同じ財布の中で競い合っている構図が浮かび上がってくる。このチャンネルの制作者は、これを「獲得された権利の罠」の正体としている。1つ1つの権利はその次代に正当な理由を持って勝ち取られたものであるしかし、権利は積み上がる一方で、経済の成長は昔ほど速くない。その差を埋めてきたのが50年分の借金であった。前に進めても後ろには戻りにくい歯車のようなものであると。

第5章は、ユーロ圏から見ると、フランスが「大きすぎて救えない:ギリシャとの決定的な違い」というタイトルがつく。フランスの財政赤字は、€3兆5955。ギリシアの11倍もある。ギリシア危機の歳、EUがつくった加盟国向けの緊急融資の基金・ESMの、融資限度は€5000億(実際は、すでに約束済みの分があり€4330億)だし、ドイツに次いでESMを支えているフランスが支えてもらう側に回れるのか、と言うと大きな疑問である。ESMやIMFに頼ったりすれば、信用が解けてしまうだろう。このチャンネルの制作者は、「フランスの危うさは、借金の大きさそのものより、大きすぎて誰も肩代わりできないのに、自分では通貨を刷れないという組み合わせにある。」としている。

第6章のタイトルは、ソブリン・バンク・ワープ(ソブリンとは国家の意)破滅の連鎖のメカニズムで、国債と銀行と政府の悪循環の関連である。これは実にわかりやすく解説されていて有為である。国の信頼が揺らぐと、銀行が持つ自国の国債の価値が下がり、自己資本が削られる。銀行が弱れば、国家による救済が行われる。その救済の負担が予想されて、国の信用がさらに揺らぐ。(画像の左の輪)さらに実体経済の輪(右の輪)、体力を失った銀行は、企業や家系への貸し出しを絞る。すると景気が悪化し税収も減る。これによって財政が悪化し、国債の信用が揺らぐというわけである。

欧州中央銀行の話が続く。条約と規律と物価に正統性を与える立場の欧州中央銀行は、買い支える力はあっても、この3つ(条約・規律・物価)のどれかの鎖を引きちぎることになる。よって最後は政治に決済を求めるだろうと。

最後に、今回の危機は、前述のフランス国内の「連帯」と欧州の「連帯」のぶつかり合いでもあり、またこの2つの連帯はこれまで互いを支えてきた。(共通通貨のお陰でフランスは低い金利で借金を続けることが出来たし、フランスの社会保障は欧州のモデルとして語られてきた)だが、それぞれが互いの重荷になってしまったという逆説こそが、今回の危機の一番深い層にあると結ばれている。

2026年10月23日金曜日

LIVE FREE OR DIE

https://www.nhpr.org/politics/2016-01-28/house-rejects
-bill-to-give-n-h-motorists-a-choice-on-live-free-or-die-motto
アメリカの国是といえるものの1つは、VAのパトリック・ヘンリーによる演説で語られた”Live Free or Die”(自由をしからずんば死を)だといえる。イギリスのアメリカ植民地への茶税など独立戦争に関わるコトバである。

授業では、アメリカが銃を保持できることの意義について語った。これは、最初のアメリカ行で、デトロイトのコーディネーター・サム氏が語った言「もし、私の自由や権利を、州政府や連邦政府が犯そうとした時、銃がなければ戦えないではないですか。」に由来している。

多くの日本人は、自衛のために銃を保持していると思っているが、もっと深い理由によるものだ。自由は、暴力によって勝ち取られたものだということは、フランス革命を始めとした歴史が教えてくれる。日本には、そういう経験がない。WWⅡ以後、もうひとつのアメリカの国是「明白なる天命」によって、自由と民主主義は与えられたという稀有な歴史を持っているからである。

フランスの現在の状況、国民の抗議する自由を認めつつ、各自の権利も認めつつ、悪化する国家財政やユーロとの兼ね合いの中で苦しんでいる姿の原点も、ここにあると思うのである。

2026年10月22日木曜日

スクーバル投手の出身地

https://news.ntv.co.jp/category/sports/525969fe25a641b5b60719059b006094
ドジャーズの来季は、スクーバル投手の契約如何にかかっていると言われている。そのために多くの選手の年帽をを調整する必要があるようだ。

たまたまスクーバルのこれまでのYouTubeチャンネルがあって見ていたら、驚いた事があった。彼は、アリゾナ州・キングマンの出身だということを知った。キングマン…。懐かしい名前だ。R66の旅で立ち寄った町である、目的地は、NHKで紹介されていた理髪店のあるセリグマンだったが、キングマンももたR66の重要な地点で、ここで貨物列車の長時間の通過を経験した思い出の街でもある。

https://www.youtube.com/watch?v=af-OFi3J6XU

https://www.expedia.co.jp/Kingman.dx1572?gallery-dialog=gallery-open
はっきり言って、田舎である。スクーバル投手はここから這い上がっていったのだ。奥さんも高校の同級生で、会計士の資格を持ったしっかり者であるそうだ。おそらく、山本由伸投手を超える額の契約になるだろう。これからの進展を楽しみにしたい。それだけの投手であることは間違いない。

2026年10月21日水曜日

揺れるフランス 考

https://www.threads.com/@kiraboshi33/post/DerVvfpGYZ2/
高校生の教育費の削減批判から始まったフランスのデモは、不満の高まりを抑えきれなくなったムスリム移民や、これを利用しようとする極左勢力によって、暴動に発展している。多くのYouTubeで取り上げられているのだが、私もこの状況について考察してみたいと思う。ちょうど、地理総合の授業では2学期後半は「国是」をテーマに話を進めていくのだが、当然フランスの国是も触れる予定であるからだ。「自由・平等・博愛」といったフランス革命以来の国是と「ライシテ」(政教分離の原則)を中心に語るつもりだった。

あるYouTubeでは、暴動でスーパーが襲われたが豚肉には手がつけられていないとか、マクドナルドは襲われたが、隣のハラル(イスラムの食のタブー)の店は無事だとか、パレスチナの旗が振られている(画像参照)とかで、ムスリムが暴動の中心にであることを強調するものもあった。それも事実であろうが、フランスの帝国主義の歴史を見ると、さもありなんと私は思っている。
フランスに移民している人々には、たしかにムスリムが多い。過去にもライシテの影響で、公立学校での女生徒のヒジャブが禁止されたりして、フランスの文化的価値観とイスラムの価値観の衝突が言われていた。フランスは、ヨーロッパにおける中華思想を強烈に持っている故に、移民に対して同化政策を推進してきた。それ故に、移民は集住して自分たちの価値観を守ろうとする。国家内にそういった地域が増加し、警察権力も介入できない地も多いと聞く。もちろん、移民は貧困に沈み、差別を受けているし、失業率も高い。こういったデモに際して暴徒化することは必然であったといえる。

そもそも、最初の教育予算の削減(学校設備の老朽化や教員不足)という話は、フランスの財政事情に大きく関わっているようだ。フランスは今、G7の中でも最も財政が厳しいと言われていた。実は、ここに日本の機関投資家が関わっているようだ。長らく低金利(というかゼロ金利・マイナス金利)だった日本で、金利が上昇した。これを受けて、フランス国債の主な購入者だった日本が、一気にフランスから逃げ出したらしいのだ。フランスにとっては一大事なのだが、ここでEUの中枢(EUの起源は、仏・独・伊+ベネルクス三国)であるフランスは、その対策に窮するのである。ユーロ圏であるが故に、フランス独自の理由で金利を上げたり下げたりできないのである。ユーロ圏では、政策金利を欧州中央銀行の決済で行われているからである。フランス国債の格付けもどんどん下がっていった。自国ではどうしようも出来ない状況に陥っているのである。

昔会ったことがある、パリのエッフェル塔の下で、お土産を売っていたガボンの人々も、この暴動に参加しているのだろうか…と思う。まあガボンはキリスト教徒のほうがムスリムより数的優位なのだが…。貧困や差別といった不満は当然あるだろうから…。

この暴動、正直なところ先が見えない。解決の糸口はどこにあるのか見当がつかない。今日のところは、今の私の感想というところで…。

2026年10月20日火曜日

吉村昭『落日の宴』を読む5

https://houyoukai-tokyo.exp.jp/5165/
私事ながら、体調不良がまだ続いている。『落日の宴』の書評第5回。川路聖謨は、筆頭の勘定奉行となるのだが、失脚の時がやってくる。それは、当時の将軍後継問題に巻き込まれた故である。一橋慶喜の優秀さを知る川路聖謨は、表には出さないものの一橋派だと見られていた。同時に徳川斉昭との距離が近いことも一橋派だと見られたのである。ところが、朝廷との開国の折衝が上手く行かず、大老に紀州派の井伊直弼が就任するや、これが仇となる。井伊直弼は、徳川斉昭を忌み嫌っていたのである。そういう権力闘争の中で、職を解かれることになる。

水戸の烈公・徳川斉昭は特異というか、怪異な人物であると私も思う。彼の攘夷論は、幕末維新に膨大な影響を与えたし、失脚してから水戸脱藩藩士の桜田門外の変へと進展する。これは江戸幕府の威信を見事に損なう。川路聖謨は、その尊攘の志士たちが与える影響を大いに危惧していた。

その後外国奉行に復帰するのだが、朝の鍛錬の最中に倒れてしまう。半身不随の身となり、身を引くのである。読んでいると彼のあまりの変容に胸が苦しくなるほどである。さらに弟の井上清直が死去する。失意の中、鳥羽・伏見の戦いがあり、あろうことか慶喜は江戸に戻り恭順の姿勢を見せる。薩長の兵が駿府にまで迫ることも耳にする。

下級の身分でありながら、将軍家の恩寵で出世させてもらったという意識が、江戸幕府の終わりを迎えるに当たり、彼を自刃に追い込む。残念ながら切腹だけでは死ねず、腹部にサラシを巻いたうえで、短銃自殺を行うのである。まさに、幕臣としての美学を貫いたと言って良い。稀代の外交官として幕府に尽くし、見事に果てたといえようか。

2026年10月18日日曜日

吉村昭『落日の宴』を読む4

https://tamaki39.blogspot.com/2017/02/blog-post_19.html
中間考査の採点が終わり、生徒諸君にそれぞれ送信した。今回も入力ミスがあって、イライラしたけれど、なんとか終わったのだった。一方で、ドジャーズが敗けて、虚脱感が生まれたし風邪で体調を崩したこともあって、なかなかBloggerを更新する気になれなかった。というわけで、『落日の宴』の書評第4回目。

この『落日の宴』のメインは、ロシア使節のプチャーチンとの折衝である。どうやら、川路聖謨は、膨大な日記を残していたらしく、詳細な記述がなされている。最初は長崎での折衝になる。江戸から長崎へ。プチャーチンとのやり取りは、なかなか白熱している。鎖国政策と開国の曖昧な境目で、折衝は難航する。しかし、プチャーチン自身は、川路聖謨をかなり優れた外交官であると認識、リスペクトしていたようだ。

長崎での折衝では決着は見なかった。プチャーチンは再度来日するとして去る。クリミア戦争の影響で、ロシアは英仏との敵対関係になったのである。後日の交渉は、下田でなされることになる。しかし、かの藤田東湖が圧死した安政の大地震が下田を襲う。プチャーチンの軍艦も沈没する羽目になる。

幕府は、ロシアのために西洋艦船を新造することになるのである。まさに波乱万丈のロシアとの交渉であったのだが、北方領土(樺太や択捉島)の国境の線もなんとかまとめ上げていく。意外にロシアの交渉の姿勢は、アメリカや英仏と比べても悪くない。そんな感想を得た次第。

2026年10月16日金曜日

NLCS第4戦 終戦

https://www.yomiuri.co.jp/pluralphoto/20261016-GYT1I00105/
私の中間考査の試験日で、実に多忙だった。その隙間にハムシショー氏のLIVEを少しずつ視聴していた。大谷選手の3ランが出たのを知ったが、LIVEではない。実に残念。試合の方は、結局、ブリュワーズに逆転されて、4-6で敗けてしまった。昨年の逆スイープである。

これで、ドジャーズの2026年度は終わった。二刀流として身体にかなりの無理をかけてきた大谷選手にとっては、前半戦はともかく、後半戦かなり苦しい戦いだったと思う。だが、最後の最後にHRを見せてくれた。ありがとう。

それにつけても、ブリュワーズは強い。強すぎる。そんなNLCSだった。

こういう敗戦時には、誰が戦犯なのかと毀誉褒貶が吹き荒れるのが常だ。だが、私はそれを探す気にはなれない。それを声高に叫んでも仕方のないことだ。それは愚痴である。三連覇の夢は絶たれたが、大好きなドジャーズは、これで終わるわけではない。

2026年10月15日木曜日

NLCS第3戦

https://www.youtube.com/watch?v=Ub7cFh-zXXM
絶対負けられない本拠地での第3戦である。先発スネル投手が先頭打者にHRを打たれた。だが、その後は山本由伸投手ばりの3者連続三振に討ち取った。その後、投手戦になり両チーム無得点。

6回裏に連続四球で満塁になったところで、スミス選手がタイムリー2塁打で逆転した。しかし、7回表に11球粘られた後、逆転HRを打たれ、3-2。さらに二者連続HRで4-2。あちゃー。8回表にはさらにパスボールでさらに1点とられ、5-2の3点差になった。9回表にも1点とられたのだった。ブリュワーズ強い。