西田幾多郎は、私生活ではかなり不遇であった。(こういう内容は高校倫理の資料集にはない。)石川県の名家に生まれたが、世話役だった次姉が病死、父親の遊蕩と事業の失敗で多くの借金を背負い、青年期は貧乏ぐらしを強いられた、給金を得て生活を立て直し、母方の従妹と結婚するも借金返済に追われ生活苦のためか嫁に家出され一方的に離縁される。(のち復縁)20代で両親と死別、34歳で弟が戦死、37歳で次女と五女を亡くし、50歳で長男、71歳で四女、75歳で長女と、5人の子供を亡くしている。さらに3度の離婚を経て出戻った長姉の生活の面倒をみていたが、性的に放縦で、西田の周りの男を誘惑することで知られていたし、脳梗塞で倒れた妻の介護、そして妻の死。まさに四苦八苦を背負わされていた。これらを乗り越えるための禅の修行、禅と自身の哲学的研究を完全にオーバーラップさせていたわけである。(私はこういう事実は実に重要だと思う。)
さて、西田は『自覚における直観と反省』の中で、「自覚」という概念(純粋経験の進化版と著者は記している)を本格的に取り扱っている。カントに続くドイツ観念論のフィヒテの「事行」という概念(絶対的自我を説いたフィヒテらしい、自分の意識している内容は、突き詰めていくと”行動”に行き着くので”事行”という言い方をしている。)を、仏教的身体感覚に落とし込み、さらにベルグソンの「純粋持続」(意識は過去の記憶を背負っている故に”持続”)と結びつける。ドイツ観念論のフィヒテと全く反りが合わないベルグソンを無節操に結合し、「無」に落とし込んでいる。
「絶対矛盾的自己同一」という西田哲学の代表的な概念もまた、上記の自覚と切っても切り離せないロジックで、意識とモノ、過去と未来、主体と客体、一瞬と永遠、他者と自己すべてが対立し、その対立関係の中から「私」も「世界」も生成されている。著者は、すごくざっくり言えば、人は他者と世界に揉まれて成長するということだ、としている。ここで出てくるのが、華厳経の「多即一」「一即多」という表現である。いわゆる法界縁起である。追記的に、ここでこんな話が出てくる。西田は、ヘーゲルは自分に一番近いと感じていたようである。ヘーゲルは、「有」の文化圏の中で、存在するものと存在しないもの=「無」の対立があり、ここから高次な精神が発展していくと考えたからだが、全くの別物であり、ヘーゲルの誤読、超生産的な文化的接ぎ木=暴走だと著者は述べている。
最後に西田特有の「場所」の哲学について。主体や客体や、純粋経験が生まれてくる場所、すなわち”私”が”世界”の中で生まれてくる場所のことを言っている。西洋哲学では、デカルトのコギト(思惟する自我)以来、世界の中心には主体たる意識=個人主義がある。ここで、西田はプラトンの『ティマイオス』を引っ張ってくる。
イデアが完全で不変な存在であるのに対し、感覚的なモノは変化し続ける不完全なものである。この両者をつなぐ第三の要素として場所(コーラ)が必要になる。このコーラは直接的に感覚されるものではなく、物体が形を成すための空間的な容れ物だとされる。ちゃぶ台返しのスペシャリスト・デリダは、このコーラを怪しげな概念だと論破したのだが、それより以前に、このプラトン哲学のウィークポイントを日本文化に接続してしまうのが西田哲学である。本書では、はっきり言われていないが、「絶対無」のことだと思われる。
…「絶対無」については、私は唯識の最下層にある、仏性が存在すると言われている(=如来蔵)阿頼耶識だと説明している。およそ間違いではないと思う。
…見事な超誤訳と強引な文化的接ぎ木で、仏教思想を西洋哲学的に説明しようとしたオリジナリティ溢れる西田哲学。著者の賛辞同様、私も改めて、あっぱれ!と言うしかない。



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