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ブッダガヤは、恐ろしく荒れ果てていた。菩提樹(釈迦が悟りを開いたので、菩提=悟りの樹:画像参照)の大木は、チベット寺のラマ僧によれば、一度は火事にあって焼失し、さらにイスラム教徒によって切り倒されたが、その度にまた芽を出し、大きく育ってきたのだという。菩提樹の密生している林で、西川以外の3人は実を拾い集めた。ラマ教徒にとってブッダガヤの菩提樹の実で作った数珠は、何者にも替えがたい貴重なものだったからだ。だが、いつ帰れるかも知れない故郷への記念品など必要がなかった。ネーランジャラー河のほとりで月光を浴びながら御詠歌を歌い続けた夜の喜び以上のものはなかった。
ラジキール(王舎城)はかつての仏教国・マガダ国の首都である。ここも荒れ果てていた。日本寺を西川が一人で訪ねるが、日本人僧侶は戦争が始まると引き上げてしまっていた。だが、仏間には香炉、蓮の花の造花、木魚、陶製の花瓶などあり、それを見られただけで満足しようと思った。
さらにサルナート(鹿野苑)に着く。中国寺には仏陀の一生を描いた日本人が描いた壁画があり、英語とヒンディー語と日本語で経緯が記されていた。5年ぶりに西川は日本語の文章を眼にした。
クシナガラでは、沙羅双樹の森があり涅槃像が横たわっていた。この周囲を真言を唱えながら回った。ルンビニは、ネパール側の国境地帯にある。ここも寂れていた。摩耶がイチジクの木の葉を握って釈迦を生んだとされる。記念品を求めない西川もこの木の川をお守りとして持ち帰ることにした。
ここから西川は、一人インド放浪の旅に出る。兄弟を失うような寂しさの中で…。




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