2025年4月3日木曜日

経済で読み解く近世史3

https://julius-caesar1958.amebaownd.com/posts/18266267/
「経済で読み解く世界史」(宇山卓栄著/扶桑社新書)の書評第11回目は、オランダとイギリスの東インド会社についてである。

16世紀後半にオランダとイギリスは、カルヴァン派を保護し商工業が発展する。しかも両国は高い造船技術をもっており、直接アジアと交易を積極的に進め、中東は中飛ばしされ没落していく。ちなみにフランスはユグノー戦争でそれどころではなかった。

オランダとイギリスは17世紀初頭に、株式会社組織の植民公社・東インド会社を設立。有価証券である株券を発行し、年ごとに配当を付け、その売買も自由であり現在の株式会社の起源となった。当時の手形や債権は、今日の株式市場のように乱高下しており、投機的な要素を強く帯びていた。しかし、株式は株券の保有者が、他者に出資するのではなく自らオーナーになるという画期的なものだった。

オランダの東インド会社は、今日の株式会社と同じく年ごとの配当(200年間の平均配当率は18%:当時の長期金利が10%以上の国が多かったので妥当な水準)を出していた。ちなみにオランダは、新大陸を担当する西インド会社(現在のNYは、元々ニュー・アムステルダムでハドソン川を利用した毛皮交易を扱っていた。)もあった。

これに対し、イギリスの東インド会社は、一航海ごとに株式を発行して資金を集め、帰国後得た利益を投資額に比例して分配するというシステムをとった。帰国できなかった時は大損する、という短期型ハイリスク・ハイリターンの投資商品だったといえる。

両者の違いは、もう一つある。オランダの株主は有限責任(出資額以上の責任を追わない)で、イギリスの株主は無限責任(外部に与えた損害があった場合株主が責任を持つ)を負うことになっていた。結局、オランダの方式の方が富裕層の資金集めに勝利し、イギリスに先んじることができたのである。

ところで、1623年モルッカ諸島のアンボイナ島にあるイギリスの商館をオランダが襲い商館員全員を殺害する事件が起こった。香辛料貿易の対立が背景にあったのはいうまでもないのだが、問題はイギリスでは反オランダ感情が高揚しながらも、報復も首謀者の身柄引き渡しの要求もしないまま終わった。実は、イギリスの当時の主要輸出品は毛織物で、その卸・小売をほとんどオランダが担当していた故であった。この事件後イギリスは香辛料貿易から撤退したが、オランダも、ポルトガル時代以来供給過剰の香辛料貿易では利益をあげることができなかった。

…東インド会社といっても、オランダとイギリスではその株式会社システムの違いがあったとは実に興味深い。オランダが先んじた理由は、前出の資金集め競争に勝利したが故である。イギリスの無限責任は、現在もロイズ保険などで健在である。シンジケートのメンバーが、一つひとつの保険に際して、その受け持つ比率によって、ハイリスク・ハイリターン的な保険業を維持しているのは有名である。

2025年4月2日水曜日

経済で読み解く近世史2

https://4travel.jp/travelogue/11769435#google_vignette
「経済で読み解く世界史」(宇山卓栄著/扶桑社新書)の書評第10回目。今回は、ポルトガル・スペインの没落とジェノヴァの関係性についてである。近世史では、ポルトガルの没落についてはあまり語られない。地球をスペインと二分したのに、いつのまにかスペインと合併している。

コロンブスは幼少期から長らくスペイン人だと思っていたが、以前教材研究をしていてイタリア人であったと知って驚いたものだが、本書で、ジェノヴァの船乗りであり、同時にジェノヴァの融資を元手にした新航路開拓のセールスマンでもあったことを知り、なるほどと頷いた。

ジェノヴァは前述のように低金利で資金を集め、ポルトガルやスペインに法外な高金利で拠出していた。ポルトガルは香辛料貿易で得た利益の殆どをポルトガル公債(ジェノヴァが引き受けていた)の利払いにあてていた。ジェノヴァは金融技術に疎い両国を手玉に取って搾取していたわけである。

ポルトガルは、ゴアやマラッカを手中に収め、モルッカ諸島へと拡大したが、ケープ、モザンビークから継っている各地の港湾拠点の維持費は莫大で、ジェノヴァ資本に頼らざるを得ず、さらに香辛料の貿易量が増大するにしたがって、需給バランスが崩れ価格が下落。身の丈に合わない開発話に乗り、財政が悪化、最後のトリガーとなったのは、1578年にモロッコ征服を試みるも国家予算の半分を戦費に投じたものの敗北し、ついにデフォルト(破綻)した。ジェノヴァの巧みなフィナンスで、スペインがポルトガルの負債を引き受け、併合したのである。

さて、スペインは、新大陸を発見したものの東岸には利益を生みそうなものを見い出せなかったが、パナマ地峡の発見で西岸に達すると、アステカやインカを征服(多分に彼らが持ち込んだ病原菌によるパンデミック)し、大搾取に狂奔する。ところで、スペインもまたジェノヴァの資金援助を受けており、国家収入の7割ちかく利払いにあてていた。

ただ、スペインは、スペイン領ネーデルランド(現ベルギー・オランダ)を特区地域として開放しており、中心都市であるアントワープ(=アントウェルペン:画像参照)には、地勢的有利性からイギリス、ドイツ、フランスの資金や物資が集まり、盛んに手形が発行され、金融ビジネスが発展した。スペインはここで起債し資金を得ていた。16世紀後半、宗教改革が起こり、アントワープにはカルヴァン派が集まり、営利蓄財の肯定のもと大発展し、ジェノヴァの資金もアントワープに流出した。ジェノヴァが融資していたカール5世が、ドイツ諸侯とのシュマルカルデン戦争に敗北したこともあって、ジェノヴァ債の利回りが高騰し、ますますアントワープが国際金融の中心センター化する。

しかし、カール5世の息子・フェリペ2世がスペイン王位を継ぐことでアントワープの命運が尽きる。超敬虔なカトリック教徒だったフェリペ2世が、彼の地にカトリック信仰を強要したために独立戦争が勃発、1576年アントワープはスペイン軍によって略奪・破壊され、スペインは資金源を自ら断ってしまった。愚行と思えるが、フィリペ2世は超敬虔なカトリック教徒故に、カネ勘定は卑しい行為と否定的で、国家財政にも関心を示さなかった。彼にとって、アントワープは資金源ではなく悪の巣窟にしか見えなかったのである。

スペインの国家収益(=王室財政)は、国王の無関心を良いことに、貴族や有力商人たちによって、中抜き、闇取引が御講しており、フェリペ2世の時代に4度も破産宣告(=国庫支払停止宣言)をしている。さらに、アルマダの海戦、三十年戦争の敗北で命運が尽きるわけだが、ジェノヴァ債もスペイン敗戦が濃厚になると金利は5.5%にまで上昇。アムステルダムやロンドンに資金が集まり、16世紀を支えたジェノヴァ・システムも崩壊するのである。ちなみに、スペインに見切りをつけたポルトガルは1640年に分離独立を果たしている。

…ポルトガルの衰退史は、政治・経済の基礎知識を確認するのにも実に有効かなと思う。スペインの上部構造的な衰退史は、受験の世界史にも出てくるが、下部構造的な視点=アントワープをめぐる問題は、初めて知った。もちろんフェリペ2世の敬虔さは承知していたが、経済的な思考なしには国家を成功に導くことはできないわけだ。

2025年4月1日火曜日

経済で読み解く近世史1

https://www.tripzaza.com/ja/destinations/genoa-kankou
「経済で読み解く世界史」(宇山卓栄著/扶桑社新書)の書評第9回目。今回は、近世の大航海時代を支えたジェノヴァについて。

近世のイタリアとくれば、フィレンツェやミラノ、ヴェネツィアの名が上がる。いずれも商工業や交易都市として名を挙げ、ルネサンスにも関わった都市群である。ところが、本書では以外な都市の名が出てきた。ジェノヴァである。地理では、ミラノ・トリノと合わせて北イタリアの三角地帯(この3工業都市でイタリア経済を支えている)を形成していること、余談的に「母を訪ねて三千里」の舞台で有名なことを教えるが、近世の大航海時代において、このジェノヴァの果たした役割は大きいというのは初耳だった。

当時の地中海交易は、エジプト・シリア沿岸・コンスタンチノープルならびにウィーンと陸路で接続していた主に香辛料を扱っていたヴェネツィアと、黒海クリミア半島沿岸とシルクロードに繋がり、主に絹織物を扱っていたジェノヴァに二分されていたが、14世紀のヴェネツィア・ジェノヴァ戦争で、ジェノヴァは敗北、交易路を奪われてしまった。

しかし、ジェノヴァにはそれまでの資本の蓄積(中心はサン・ジョルジョ銀行:画像参照)があり、モロッコの港湾都市セウタに集まる黄金や物資の豊富さからアフリカに目をつける。ポルトガルもまたアフリカへの新航路開拓に大きな関心を持っており、両者の思惑が一致した。ジェノヴァの積極的な投資が、インド航路開拓として実を結んだわけで、まさにジェノヴァの逆襲といえる。インドで3ダカットの50kgの香辛料がヨーロッパでは80ダカットの値がついており莫大な富がさらに蓄積されたのである。

面白いのは、富裕層は新興国のポルトガルに直接投資することには躊躇したが、金融の発達したジェノヴァには安心感があり、ジェノヴァ債は飛ぶように売れた。14世紀後半から15世紀の金利は3~4%で、イタリアの他の諸都市で5%、オランダで10%、フランスが15%くらいだった。この後アメリカ新大陸から銀が大量に流入しインフレとなるが、ジェノヴァ債の金利は低金利を維持できた。それくらい資本の蓄積があったのである。

ジェノヴァは、16世紀以降、スペインにも投資を行い、スペイン国王カルロス1世の積極的な支援に動き、神聖ローマ帝国皇帝選挙に関わり、フッガー家と共に金貨2トンを七選帝侯にばらまいたと言われる。カルロス1世=近世史の主役の一人、カール5世である。

…近世史におけるジェノヴァの重要性を改めて知り驚いた。経済から歴史を見るということの重要性を痛感する次第。イタリアの地誌のところで触れる機会があれば、世界史を選択している生徒にとっては、実に興味深い内容だと思う。

2025年3月31日月曜日

令和の百姓一揆

https://www.tokyo-np.co.jp/article_photo/list?article_id=395279&pid=1941393
日本の政治の腐敗も中国ほどではないにしろ、SNSの進歩でかなり明らかになってきた。財務省解体デモに続いて、昨日は「令和の百姓一揆」が全国規模で行われた。トラクターでデモするというのは、ドイツなどで例があるが日本では初めてだろうと思う。

日本の農業を農水省は潰そうと考えているフシがある。農業従事者の高齢化も進み、平均年齢が私くらいだという。米の価格が、買い占めで異常に値上がりし、日本の新米は中国に流れたたらしいという話もSNSで拡散している。食の安全保障は、実に重要な課題である。日本の食料自給率を農水省はその指標ベースをごまかしてしいる。米はかなり自給率が高いのだが、このありさまである。農林省は誰のために働いているのだろうのか。

今回の「百姓一揆」というネーミングから、いかに時代錯誤な政策を農林省とこれに関係する国会議員がおこなっているかをイメージできるし、農業従事者が怒りが尋常でないかがわかる。安心して後継者を育て、食の安全保障を確立すべきというのは大正論である。

明日から、言論統制が行われるという情報もSNSで流れている。憲法違反も甚だしいのだが、この際、年度末に駆け込みで記しておきたい。マイナンバーカードで国民を管理しW接種を強制しようという動き、移民や外国人に日本国民以上に手厚すぎる社会保障や医療(媚中外相の選挙区では支持する医師会が外国人医療の利権にからんでいるとの情報あり)の動き、様々な新税中でも通勤費にまで課税(そもそも賃金を上げ、消費需要を拡大しようとするのが経済の原則であるのに逆方向である。)しようとする馬鹿げた政治にうんざりである。

大阪万博の様々な問題がさらに噴出して、YouTubeで批判のチャンネルが大増殖している。熱中症対策もメタンガス対策もいいかげんで、休憩所も莫大な費用をかけて石が頭上にあったり、子どもたちが食事を摂る場所では空調もない。しかも雨天でも傘は持ち込み禁止とか。安全対策や入場者への配慮は、無茶苦茶である。誰が仕切っているのか。日本の緻密な計画性、おもてなしの心を主体としたイベントのスタンスは、どこにいったのか。Made in Japanのイベントとは思えない。

建設の遅れは入札が少なく中小の建設会社(日本の建設業者の仕事だから、先日のミャンマー地震で1000km離れたタイの中国国営企業の施工中のビル倒壊のように、鉄筋が細いことはないだろうが…。)受注した故だとか。賃金の高騰できっと赤字だ。まさにくたびれ損。チケット購入時には、様々な個人情報の入力が必要で、この情報は外国(間違いなく中国であると確信する。)にも提供されると小さく明記されているらしい。個人的な医療情報も抜かれるパビリオンもあるらしい。ウィグルで行われているような人権無視の臓器提供に使われるのだろうか。中身がなく未完成のイラストが載った3000円以上するガイドブックと、万泊情報は散々である。利権と腐敗と中抜きの無責任万博に誰が行くものか。

極めつけは、維新の会は、万博跡地を中国系企業に売り渡すらしい。どれだけカネをもらい、ハニトラされているのかは知らないが、媚中政治家は今すぐ退場してほしい。もちろん万博の赤字を自らの責任で補填し、大阪府民・市民ならびに全国民に一銭たりとも負担させないようにしなければならない。こも大正論である。

経済で読み解く中世史5

https://yamatake19.exblog.jp/15308196/
経済で読み解く世界史」(宇山卓栄著/扶桑社新書)の書評第8回目。今回は、元朝・明朝の銀によるグローバル化について。

遊牧民のモンゴル人は徴税・通商などの経済財政政策に疎く、滅ぼしたトルコ系ホラズムのムスリム商人であったマフムード・ヤラワチを財務官に登用した。彼は、それまで諸国家が乱立し通行税関税が複雑であったシルクロード交易の仕組みを一掃し、最終売却地で価格の30分の1の売却税のみに改めた。しかも、銀納に一本化しモンゴルを銀本位制に転換した。駅伝制でシルクロードの安全性を確保したのも大きく、交易は大いに発展した。

ヤラワチは、華北支配においても耶律楚材とともに、宋代の紙幣の有効性を見出し、銀本位制のもとで、フビライの元朝で「交鈔」(銅銭との交換単位はあるが、銅銭に対しては不換紙幣/画像参照)という通貨政策を実施した。この「交鈔」にはマルコ・ポーロもイブン・バトゥータも驚いている。しかしながら、結局紙幣増刷の誘惑に勝てず、「交鈔」の濫発で経済混乱をおこし、不作と飢饉も相まって朱元璋(=洪武帝)により滅亡する。

明朝では、統制経済が行われ、綿織物や絹織物の手工業だけでなく、農業、海外交易も朝廷が統制していたのだが、中期になると洪武帝の穀物生産中心の農本主義の原則が崩れ、貨幣経済で有利な商品作物の栽培に移行、特に養蚕のための桑畑が増え、民衆は飢えていったが、汚職官僚らの蓄財が蔓延していく。一方で、鄭和の大遠征は謎が多い。遠征の理由も交易の停止も謎のままで、その100年後に大航海時代が始まる。メキシコ銀や日本の石見銀山の銀が明に密貿易者の手で流入し、明も一条鞭法で銀納一括の税制となったが、宗や元同様に「宝鈔」という紙幣を禁じ手の大量増刷してしまい滅亡するのである。

…元朝と明朝の共通点は、銀本位によるグローバル化と「交鈔」・「宝鈔」という紙幣増刷で滅亡したということである。中国の歴史をみると、結局官僚が、自己保身と私利私欲のため同じ過ちを繰り返しているといえる。現代中国には科挙がないが、科挙を乗り越えた優秀でもない中国共産党による腐敗政治が続いている。この腐敗状況に民衆は苦しめられつつ、したたかに法の抜け道を探し生き延びるという構造があるわけで、なんともやりきれないエゴイズムの連鎖の歴史を背負っている、といえるのではないか。

2025年3月30日日曜日

経済で読み解く中世史4

https://www.sohu.com/a/450634501_390792
経済で読み解く世界史」(宇山卓栄著/扶桑社新書)の書評第7回目は、宋時代の形勢戸と兌換紙幣の話を中心に記していきたい。

唐の時代はマーケットに参入することも、陶磁器製造、養蚕・織物業、製鉄、製塩なども政府の管理体制化におかれていた。しかし唐の体制が崩れると、庶民出身の新たな富裕層(=形勢戸:形勢は成り上がりの意)が、農業も含めて台頭する。特に江南地方では、農機具の改良や灌漑、品種改良や水田以外での野菜栽培などが行われ、形勢戸による食料供給が増大し人口も増加した。宋王朝は形勢戸を支持基盤として成立したので、経済優先の文治主義となる。この文治主義(画像参照)は受験の世界史でも鉄板の内容。

首都の開封は大運河と黄河の交差する地点にあり物流のネットワークの中心となった。しかも、この時代に貨幣経済が大いに発展する。北宋では多くの地域で銅銭、四川や陝西では鉄銭が流通したのだが、重く持ち運びに難儀したので、交子鋪(こうしほ)と呼ばれる両替商が設立され、交子という預り証を発行するようになったのである。四川で銅銭の準備高不足で不払いが起こったのをきっかけに、民間から朝廷の専売ビジネスに変化した。すなわち交子は、世界初の兌換紙幣と化したのである。宋王朝は、銅銭・鉄銭の兌換準備を36万貫、交子発行限度をを125万貫とし、著しい経済発展の中、銅銭・鉄銭の鋳造が追いつかなかったが、マネーサプライを増大させたのである。

宋王朝は異民族の侵入を阻止するため、北方のモンゴル人や西方のチベットに巨額の貢納をしていたが、次第に窮し始める。貢納にあてる財源を確保するため交子発行限度が破られ濫発、12世紀初頭には2600万貫にまでなり、信用を失い価値が暴落、市場では信用不安からハイパーインフレーションに陥った。

結局、宋は貢納を止められた北方の女真族によって、華北・首都を奪われたのである。宋は信用貨幣を用いて経済発展を遂げたが、信用を失い、その副作用で滅んだ感がある。

…銅銭・鉄銭の重量問題が兌換紙幣の起源であるとは、実に興味深い。信用創造のシステムも生まれていたのであろう。でないと、マネーサプライがあんなに拡大はしないと思われる。いずれにせよ、兌換紙幣を国家そのものが発行すると失敗する。私はスウェーデンがその最初の例だと思っていたが、そう(=宋)だったか。(2日連続のお粗末である。)

2025年3月29日土曜日

カップヌードルの”ラクサ”

カップヌードルの新製品で”シンガポール・ラクサ”があることを知った。ラクサとは、マレーシアでよく食べていたココナッツミルクと刺激の強い香辛料入りの汁麺である。とはいっても、地域によって異なる。妻は、マラッカで食べたニョニャ・ラクサが一番だという。私はペナンのラクサも良いと思う。マレーシアのスーパーでもインスタント袋麺でラクサを売っていた。というわけで、今日、京田辺のスーパーでついに発見したので食してみた。

私は濃いスープの汁麺が好み(天下一品のファン)なので、ココナッツミルクのスープをうまくアレンジしていて、たしかにラクサだと思う。麺はまさにカップヌードルの伝統的な麺だが、十分に美味しかった。ただ、シンガポール風(物価の高いシンガポールには3年半マレーシアに滞在したがついに行かなかった。)なので、マレーシアの各地のラクサとはだいぶ違う。ラクサはそういう地域間の落差がある。ラクサだけに…。(お粗末)