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「経済で読み解く世界史」(宇山卓栄著/扶桑社新書)の書評第10回目。今回は、ポルトガル・スペインの没落とジェノヴァの関係性についてである。近世史では、ポルトガルの没落についてはあまり語られない。地球をスペインと二分したのに、いつのまにかスペインと合併している。
コロンブスは幼少期から長らくスペイン人だと思っていたが、以前教材研究をしていてイタリア人であったと知って驚いたものだが、本書で、ジェノヴァの船乗りであり、同時にジェノヴァの融資を元手にした新航路開拓のセールスマンでもあったことを知り、なるほどと頷いた。
ジェノヴァは前述のように低金利で資金を集め、ポルトガルやスペインに法外な高金利で拠出していた。ポルトガルは香辛料貿易で得た利益の殆どをポルトガル公債(ジェノヴァが引き受けていた)の利払いにあてていた。ジェノヴァは金融技術に疎い両国を手玉に取って搾取していたわけである。
ポルトガルは、ゴアやマラッカを手中に収め、モルッカ諸島へと拡大したが、ケープ、モザンビークから継っている各地の港湾拠点の維持費は莫大で、ジェノヴァ資本に頼らざるを得ず、さらに香辛料の貿易量が増大するにしたがって、需給バランスが崩れ価格が下落。身の丈に合わない開発話に乗り、財政が悪化、最後のトリガーとなったのは、1578年にモロッコ征服を試みるも国家予算の半分を戦費に投じたものの敗北し、ついにデフォルト(破綻)した。ジェノヴァの巧みなフィナンスで、スペインがポルトガルの負債を引き受け、併合したのである。
さて、スペインは、新大陸を発見したものの東岸には利益を生みそうなものを見い出せなかったが、パナマ地峡の発見で西岸に達すると、アステカやインカを征服(多分に彼らが持ち込んだ病原菌によるパンデミック)し、大搾取に狂奔する。ところで、スペインもまたジェノヴァの資金援助を受けており、国家収入の7割ちかく利払いにあてていた。
ただ、スペインは、スペイン領ネーデルランド(現ベルギー・オランダ)を特区地域として開放しており、中心都市であるアントワープ(=アントウェルペン:画像参照)には、地勢的有利性からイギリス、ドイツ、フランスの資金や物資が集まり、盛んに手形が発行され、金融ビジネスが発展した。スペインはここで起債し資金を得ていた。16世紀後半、宗教改革が起こり、アントワープにはカルヴァン派が集まり、営利蓄財の肯定のもと大発展し、ジェノヴァの資金もアントワープに流出した。ジェノヴァが融資していたカール5世が、ドイツ諸侯とのシュマルカルデン戦争に敗北したこともあって、ジェノヴァ債の利回りが高騰し、ますますアントワープが国際金融の中心センター化する。
しかし、カール5世の息子・フェリペ2世がスペイン王位を継ぐことでアントワープの命運が尽きる。超敬虔なカトリック教徒だったフェリペ2世が、彼の地にカトリック信仰を強要したために独立戦争が勃発、1576年アントワープはスペイン軍によって略奪・破壊され、スペインは資金源を自ら断ってしまった。愚行と思えるが、フィリペ2世は超敬虔なカトリック教徒故に、カネ勘定は卑しい行為と否定的で、国家財政にも関心を示さなかった。彼にとって、アントワープは資金源ではなく悪の巣窟にしか見えなかったのである。
スペインの国家収益(=王室財政)は、国王の無関心を良いことに、貴族や有力商人たちによって、中抜き、闇取引が御講しており、フェリペ2世の時代に4度も破産宣告(=国庫支払停止宣言)をしている。さらに、アルマダの海戦、三十年戦争の敗北で命運が尽きるわけだが、ジェノヴァ債もスペイン敗戦が濃厚になると金利は5.5%にまで上昇。アムステルダムやロンドンに資金が集まり、16世紀を支えたジェノヴァ・システムも崩壊するのである。ちなみに、スペインに見切りをつけたポルトガルは1640年に分離独立を果たしている。
…ポルトガルの衰退史は、政治・経済の基礎知識を確認するのにも実に有効かなと思う。スペインの上部構造的な衰退史は、受験の世界史にも出てくるが、下部構造的な視点=アントワープをめぐる問題は、初めて知った。もちろんフェリペ2世の敬虔さは承知していたが、経済的な思考なしには国家を成功に導くことはできないわけだ。