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2026年2月16日月曜日

新島襄の危惧

かの同志社の創立者・新島襄は、帝国議会の開設に時期尚早と反対したそうである。意外にも思えるが、国民への民主主義教育をしないままに、民主主義の体裁を整えることに意義を唱えたのだという。アメリカで学んだ彼からすれば、ストレートな利害の衝突がかなり危なげに見えたのであろう。

たしかに、政治を定義すれば、”各集団の利害の調整”であるといえる。今日、ある国際関係に関するYouTubeを見ていて、本年初頭のベネズエラの問題から世界が大きく変化しているとの危惧が言われていた。そのネーミングが衝撃的である。「冷戦2.0」。アメリカは、自らの利益を守るため、ウエストファリア条約以来の国家主権絶対主義に軍事力パワーをもって挑戦していること。その主敵は中国であること。多国間の協定をも軽視していることなどが言われていた。「冷戦2.0」、その評価は早計に行うべきものではないと私は思っている。

新島襄の危惧は正しいと私は思う。現在の日本はともかく、途上国の多くは、教育が徹底されないまま、カタチだけの民主主義をとっており、汚職指数が極めて高い途上国に、トランプ政権が民主党時代から続く税金のバラマキを停止したのは理にかなっている。国家主権を盾に汚職で私腹を肥やそうとする指導者を持つ国々に対し、トランプ政権はNOを表明しているといってよい。その対蹠点にあるのが、中国である。先進国の技術を盗むことを悪とは思わない彼らが、途上国の指導者を丸め込み、新植民地化している。彼らの国民は情報統制化で、血税が何に使われているかも知らない。まさに、新島襄の危惧する政治的教育の問題である。中国の政治教育は、共産党に握られ、プロレタリア独裁の美名のもとプロパガンダに覆い尽くされているようである。

私の世代は、まさに大学紛争の最終ランナー世代で、紛無派とも呼ばれた。左翼思想は、かなりの影響力を持っており、マル経(マルクス経済学)が主流であった。中国ではちょうど文化大革命が行われており、ソ連も東欧の反発があったもののまだ元気だった。しかし、今やそれらの化けの皮が見事に剥がれてしまった。私も、倫理や政治・経済で、マルクスの科学的社会主義を軽く説明はするが、現状を見るに、正義という観念とはかけ離れているとしかいえない。プロレタリアのための政権が、給料未払や失業への対策を置き去りにするなど考えられない。共産党指導者は、プロレタリアから得た剰余価値から汚職で私腹を肥やしており、そんな輩に指導された国家主導の経済活動が、いかにうまく行かないかを中国は実証している。

やはり、新島襄が言うように、最初に教育ありきなのである。

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